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 子どものころから春が大嫌いでした。卒業や入学、クラス替えの時のざわざわした落ち着かない雰囲気が大の苦手だったからです。

 さらに進級、進学するたびに、学力確認テスト、身体測定、体力測定、各種係の分担といった決めごとが繰り返されることも面倒でした。新しい季節を迎えての高揚感もありましたが、それ以上にまた1年が始まることがおっくうで仕方がなかったのです。

 ちなみにその気持ちは社会人になった今でも続いています。困ったことに書店の店頭も季節の移り変わりには敏感です。そのため教科書販売のある春先はどうしても落ちきません。約20年間勤めていても、どうにもこの季節だけは居心地が悪くて困っているのです・・・。

青春小説でありミステリーであり、さらに

 そんな私と同じように春が嫌いな主人公が登場するのが『春を嫌いになった理由(わけ)』(誉田哲也著)です。著者は、『武士道シックスティーン』にはじまる武士道シリーズなどの青春小説の名手です。

「いま思えばあの十八年、瑞希の一番好きな季節は「春」だったように思い起こされる。今は、嫌いだ。」

 序章にあるこの一文から、純愛小説かラブコメのように見えますが、騙されてはいけません。なにせ主人公のフリーターの秋川瑞希は、美人なのにしばらく色恋沙汰に縁がなく、しかも両親に借金を抱えた少しコミカルな設定なのです。

 と聞くと、瑞希が自分の進む道を見つける青春小説のような印象を受けるかもしれませんが、著者はそれにも素直に応じません。『ストロベリーナイト』の姫川玲子シリーズや『ジウ』三部作に見られるように、著者がミステリー小説の第一人者であることを思い出させてくれる展開を用意しているのです。

 青春小説とミステリー小説の要素に加え、瑞希の子どものころのトラウマの要因になった第三のスパイスも仕込んでいるところに著者の非凡さを感じます。押しも押されもせぬ人気作家になった著者の原点をみる物語で、ファンにとっては堪らないことでしょう。そしてまだ著者の作品を手に取っていない方にとっても、本書は絶好の入門書になるはずです。