条件を変えなかった広島の一貫性、その結末は
いつしか丸は広島の伝統を継承し、その系譜に連なる存在となっていたのだ。なかでも自主トレの風景は、私に強い印象を残している。
自主トレ期間、丸はマツダスタジアムなど広島を拠点にトレーニングをしていた。1軍になれば県外や海外で自主トレする選手もいるが、丸は「面倒くさい」と本拠地を拠点にトレーニングを続けた。そうすることで、まだ他県に出てトレーニングしようにもできない若手が丸とともにトレーニングすることができた。時間が合えば、一緒に練習をし、野球談義に花を咲かせる――そんな姿を何度も見て来た。
チーム内で主力、ベテランになると、良くも悪くも影響力がある。ベテラン1人でチーム力が大きく左右されることはないかもしれないが、良い影響力のある生え抜きのベテランがいるチームは、間違った方向へは向かないはずだ。
丸は最後まで悩み抜いた。
広島残留の可能性を最後まで残したが、わずかだった広島球団との隔りは最後まで埋まらなかった。あのとき金本が阪神移籍を決断したように、わずかな差だったように感じる。
「(決断理由は)いろいろあるが、最終的には原監督に『カープのいいものをジャイアンツに持ってきてくれればいい』と言われたし、『まだまだ長い野球人生の中で絶対にプラスになるから』と言ってもらえたので。野球人としてレベルアップしていけたらと思った」
移籍先の球団からの口説き文句で移籍を決めたのも、金本と重なった。
広島は、最初の提示条件から上積みをしなかった。健全経営の球団方針を貫いた背景には、翌年以降もFA取得選手が続く状況に備えた面もあっただろう。それは正しい決断である。だからこそ、今の常勝・広島があることは疑いようがない。
しかし、球団としての姿勢を示した一方で、5年ぶりとなる中心選手の移籍はひとつ流れを変えるきっかけともなりかねないのではないだろうか。
1人の選手の移籍、加入でチームが大きく変わる可能性は十分にある。
丸はまだ29歳。これから先、若手に伝えられるものはより多くなるだろう。大きな分岐点での決断は、両者にどのような影響を与えるだろうか――。