魚に多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)などの脂肪酸と呼ばれる成分が、認知機能低下リスクを抑えるといわれている。イラストはこれら成分を多く含むとされる魚。上列は左からマアジ、ブリ、サンマ。中列はマサバ、クロマグロ。下列はマダイ、カツオ、マイワシ。

 食事は毎日摂るものだから、その積み重ねが将来の自分の健康や生活の質に影響を与える――。多くの人にはそうした認識があるだろう。だが、そうした情報や知識は漠然としたものになりがちでもある。科学の観点から、具体的にどんなことがいえるのだろうか。

「食と脳・こころ」という観点でも同様のことは当てはまる。よく巷では「魚を食べると認知症を防げる。うつ病になりにくい」などと言われるが、その根拠はどのようなものだろうか。日々の食事のあり方が、将来における自分の認知機能や精神状態にどう影響するものだろうか。

 こうした情報の拠りどころになりうるのが「コホート研究」だ。多くの人を長期にわたって追跡調査することで、健康や病気の原因などを究明していく手法である。ただし、日本で生活する人々を対象とした、食事と認知機能や精神状態についての疫学調査は、まださほど多くない。

 そんな中、今回、国立長寿医療研究センターが進めてきた「NILS-LSA」という調査の結果を研究者に詳しく聞くことができた。応じてくれたのは同センターNILS-LSA活用研究室室長の大塚礼氏。NILS-LSAは「国立長寿医療研究センター・老化に関する長期縦断疫学研究」のことで、National Institute for Longevity Sciences - Longitudinal Study of Agingの頭文字をとったもの。同研究室は、老化・老年病予防を目的とした疫学研究を長らく行っている。

 前篇では、魚に多く含まれるとされるドコサヘキサエン酸(DHA:DocosaHexaenoic Acid)をはじめ、脂肪の成分である脂肪酸と、認知機能や精神状態の関係について、大塚氏に話を聞く。後篇では、さらに食生活と認知機能について疫学研究などから得られた知見を聞くことにしたい。

脳やこころを扱う国内コホート研究はまれだった

――食事と認知機能や精神状態の関係を調査したコホート研究は、あまり多くないといいます。どうしてでしょうか?

大塚礼氏(以下、敬称略) かつては、今ほど認知機能について社会でさほど注目されていなかったこともあり、昔から長年にわたり認知機能も対象にしたコホート研究は少なかったのです。認知症が社会的に注目されてきたので、今後は増えていくでしょうが、今のところ、認知機能などにも着目したコホート研究は、私どもが行ってきたNILS-LSAをはじめ、代表的なものに限られています。