MLBで「二刀流」に挑む大谷翔平選手。4月17日(日本時間18日)のボストン・レッドソックス戦はマメの影響もあってか、2回3失点での降板となったが、デビュー2戦は快投を見せ連勝、打者としては3試合連続本塁打も記録。

 4月22日(日本時間23日)には4番にすわる存在感を見せ、スプリングトレーニング中、「二刀流」に否定的だったメディアをも黙らせ、今や日本のみならず全米の注目する存在となっている。

 目指すは「二桁勝利二桁本塁打」。過去達成しているのは1918年のベーブ・ルースだけ。しかし、ルースの時とは野球が違う、レベルが違う、時代が違う、様々な声も聞こえてくる・・・。

『夢を生きた男 ザ・ベーブ』

 ベーブ・ルース(ジョージ・ハーマン・ルース)のメジャーリーグ・デビューは1914年7月11日。

 前月末、サラエボでオーストリアハンガリー帝国帝位継承者フランツ・フェルディナンドが暗殺され、独露仏英間で外交交渉中という戦争の瀬戸際にある時のことだった。

 マサチューセッツ州ボストンのフェンウェイパークで行われた試合でルースは好投、レッドソックスが勝利するが、やがてマイナー落ち。

 初ヒットの方はメジャーに呼び戻されニューヨーク・ヤンキース相手に2勝目を上げた10月のこと。欧州はすでに第1次世界大戦に突入していた。

 冒頭、旧ヤンキースタジアムが大映しとなる『夢を生きた男 ザ・ベーブ』(1992)は、7歳のルースが生まれ故郷メリーランド州ボルチモアで全寮制の矯正施設でもあるセントメリー工業学校に入れられるところから始まる。

 ルースの半生記とも言えるこの作品は、学校で野球の才能を見出され、やがてプロ入り、1916年、稀代の安打製造機タイ・カッブから2三振を奪い、同僚から称賛される姿を映し出す。

 実際、この年、ルースは23勝を上げ、防御率1.75、9完封と、防御率・完封数はリーグトップ、ワールドシリーズでも14回無失点と球界有数の左腕投手となっていたのである。

 当時は「Dead-ball era」と呼ばれる「飛ばないボール」の時代。ボールはダメになるまで使われ、だんだん飛ばなくなる。

 使いすぎてツルンツルンとなった「Shine ball」は特殊な変化もする。さらには、やすりなどでボールに傷をつける「Emery ball」、唾をつける「Spit ball」、土をつける「Mud ball」など、投手が細工したボールは不規則な変化で打者を悩ませていた。