(文:鰐部 祥平)
作者:リチャード ロイド パリー
翻訳:濱野 大道
出版社:早川書房
発売日:2018-01-24
リチャード・ロイド・パリーの新刊である。そう聞いただけでピンときた人はよほどのノンフィクション好きか、あるいはHONZファンであろうか。英《ザ・タイムズ》誌アジア編集長、東京支局長でもある著者は前作『黒い迷宮』で2000年におきた英国人女性ルーシー・ブラックマンさん殺害事件を追い、日本の歓楽街の闇の一面を見事に描き出した。HONZでも話題騒然となり内藤編集長が著者インタビューを敢行している。
そんな彼が今回題材に選んだのが東日本大震災。それも釜谷地区という小さな集落でおきていた、ある「悲劇」に焦点を当てながら、日本にとって戦後最大の危機であった、あの災害を丹念に取材し描き出していく。
東日本大震災では様々な出来事が極めて複層的に起きているため、震災直後から現場に急行し、現地に留まりながら取材を重ねている著者は、常に焦点が定まらないような感覚に襲われていたという。そんなとき、宮城県石巻市にある釜谷地区の大川という小学校で震災の中でも、とりわけ悲惨な事件が起きていたことを知る。
学校で亡くなった児童のほとんどが大川小学校
釜谷にある大川小学校には当時108人の生徒が在籍していた。学校のすぐ側を流れる北最上川を逆流するかたちで津波が襲来したときに、学校にいた児童は78人、教員が11人。うち74人の児童と10人の教員が津波にのまれて死亡するという事件が起きたのだ。東日本大震災では多くの子供たちが犠牲になっているが、学校の管轄下に置かれた状況で死亡した児童の数は75人。つまり、学校で亡くなった児童のほとんどが、この大川小学校の児童という事だ。
海から離れていた大川小学校に津波が押し寄せたのは地震発生から1時間近くたってから。しかも校舎の裏には、低学年の生徒でも上ることが可能な緩やかな勾配の小高い裏山がある。地震発生後、しばらくしてから広報車などが津波の襲来を告げてまわっていたので、十分に非難する事が可能な状況であった。それにもかかわらず、いったいなぜ、このような悲劇は起きたのか。大川小学校では何が起きていたのか。著者は犠牲になった児童の家族らと親交を深めながら、悲劇の全貌を解明して行く。
紫桃(しとう)さよみさん、今野ひとみさん、平塚なおみさん、物語はこの3人の母親を中心に進んでいく。3人とも大川小学校に通う子供たちの親だ。彼女たちが安否のわからない子供たちを待ち続ける焦燥感と、生徒たちのほとんどが津波に飲まれ、生存が絶望視された際の苦しみは、読んでいて辛くなる記述の連続だ。特に遺体がなかなか見つからないために、子供たちの死と折り合いが付けられず、苦しむ家族の葛藤は読んでいて胸がえぐられるようだ。