物語は時に、現実を拡張しうるだけの力を持つ。物語の中で描かれた空想が、後に現実のものとして登場する、などということは、特にSF小説の世界ではよく起こっていたことだろう。
そういう実例で僕が一番驚いたのは、「宇宙エレベーター」だ。SF作家のアーサー・C・クラークが1970年代に「楽園の泉」の中で描いたアイデアであり、地上から宇宙空間までを一本のロープのようなもので繋ぎ、そこをエレベーターのように上下することで宇宙空間まで到達する乗り物だ。この宇宙エレベーターは、クラークが小説で書いた時点では実現不可能なアイデアだったが、その後このアイデアの実用化に耐えうる素材が発見されたことによって、一気に現実的なものとなっていった。
また、物語とはちょっと外れるが、「モンティ・ホール問題」と呼ばれる確率の問題も似たような部分を持っている。どんな問題なのかは調べて欲しいが、僕はこの話の背景に惹かれる。モンティ・ホール問題は、とある雑誌のコラムから大問題に発展した。そのコラムの執筆者(最も高いIQを持っているとギネスブックに認定された女性だ)がコラムで書いた解答に、世界中の数学者が反論し、大論争となったのだ。結局、コラムの執筆者が正しく、彼女に反論した世界中の数学者の方が間違っていた、という結果に終わった。これも、学問ではない世界からの発信によって、数学という学問分野が広がった一例である。
ここで紹介する3作品も、もしかしたら物語の想像力が現実に影響を及ぼすかもしれない・・・と妄想させてくれるだけの力を持つ作品だ。
何故人類は言語を獲得したか
『Ank:a mirroring ape』(佐藤究著、講談社)
2026年10月26日。後に「京都暴動」と呼ばれるようになる異常事態が発生した。京都市内のあちこちで市民が突如暴徒化、近くにいる人間と命が尽きるまで素手で殴り合うという大混乱が巻き起こったのだ。動画サイトで共有された映像により、「AZ(Almost Zombie、ほとんどゾンビ)」と呼称されたり、病原菌や化学物質の蔓延によるものではないかという噂が世界中を駆け巡ったりすることになったが、結局その原因が明かされることはなかった。
「京都暴動」から10年ほど過去に遡る。京都大学で研究を続けていた鈴木望は、以前書いた一本の論文がきっかけで、世界中の研究者が羨むような環境を手に入れた。京都に莫大な敷地を有する施設を持つ、KMWP(京都ムーンウォッチャーズ・プロジェクト)の総責任者として、世界中の優秀な研究者のトップに立つ存在となったのだ。彼をリーダーに据えたのは、天才的なAI研究者だったダニエル・キュイ。北米ビジネス誌が選ぶ<世界で最も影響力のある100人>にも選出された、巨額の資産を有するIT企業のCEOであり、天才的な研究者でもある。