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(文:出口 治明)

「本をつくる」という仕事
作者:稲泉 連
出版社:筑摩書房
発売日:2017-01-25

 自分で本を書くようになってから、1冊の本が世に出るまでには本当にたくさんの人のお世話になっていることがよく分かった。本書『「本をつくる」という仕事』は、「書店は広大な読者の海と川とがつながる汽水域であり」、本づくりとは「源流の岩からしみ出た水が小さな流れとなって集まり、次第に1本の川に成長して海に流れ込む」ようなものだと考える著者が、8つの目的地を求めて川上へと遡っていく物語である。

 最初は活字書体。見出しは大声、本文は静かな声。確かに、と合点がいく。秀英体という伝統ある書体を7年の歳月をかけて改刻するプロセスが達意の文章で綴られる。書道の「永字八法」のように全ての基本として試作される文字は「国東愛永袋霊酬今力鷹三鬱」の12字で、力などのシンプルな字の方が難しいそうだ。100年後も使われることを目指して大改刻が行われたが、行く末を見届けられる開発メンバーは無論1人もいないのだ。

 製本、活版印刷と続いて校閲。僕は何冊か歴史の本を出しているが、校閲の方がしっかりと見てくださるので本当にありがたく思っている。新潮社の創業者は校正者でもあった。そこで校閲部門を大事にして採用時も編集部門と校閲部門で試験が分かれていたという。著者は新潮社の伝説の校閲者を訪ねる。校閲とは、原稿を送り出す側にいる編集者と読者の側に立って原稿を読む校閲者の「ゲラを通した闘い」だ。

 したがって、校閲は出版社の価値であり、良心である。著者はこうした「校閲哲学」がどのように培われたのか校閲一筋40年のプロの軌跡を追っていく。