中国に誤った判断をさせないために

 『八月の砲声』(バーバラ・W・タックマン著)が描く第1次大戦もそうだし、有志連合軍の対イラク砂漠の嵐作戦(2003年)もそうだったし、過去多くの戦争が指導者の相互誤解によって生じている。

 また軍国日本の対中政策の失敗は蒋介石の意図を誤認したことに鑑みれば、我々は中国の国際法尊重と賢明な自重ある戦略選択を望むものである。

 このため我々は日米安保体制の確立と日米の確固たる決意とその有形の明示によって中国に誤判断をさせないことが肝要である。この点バラク・オバマ政権の政策がいま一つ不透明なのが気になる。

 また戦争は、傭兵軍隊や王国軍隊の既成勢力に限られたものであれば作戦運用の優越で勝ちを収めることができたが、多数の国家を相手にした戦いでは総合国力がものを言い、大国といえども多数の連合国家群に勝利を収めることは難しい。

 このことは世紀の英雄ナポレオン対ヨーロッパ諸国の対仏大同盟戦争や第1次・第2次大戦によっても明らかである。

 したがって多数強大な対中・国家連合群を構成し中国を孤立化に導きその野望を封ずることがまず肝要である。

 このためには対中同盟政策においては旗色の必ずしも鮮明でない大きな影響を持つインド・EU諸国・ロシア、とりわけ中国と複雑な関係を持つインド・ロシア、中でもその動向が決定的影響力を持つロシアの動向対策にあらゆる深謀遠慮を巡らさなければならない。

 今年6月3日から開かれた第5回アジア安保会議(シンガポール)において米国カーター国防長官が「中国は孤立している」と演説したのに対し前出の中国孫副参謀長が「我々は孤立していない。米国のFOA(Freedom of Navigation)作戦は許さない」と反論した。

 これはその戦略的重要性を示すものであろう。 余談だが中国は外に対しては公海の自由(Principle of the Freedom of the High Seas)主張し、内に対してはこれを拒否している。

 どこの国でも一度国家が走り出すと方針の変更ははなはだ容易ではなく、日本は軍部の独断専行に加え「神州不滅だ」「父祖の血で購った大陸の生存権を守れ」と言う強硬な国民世論にも押されて道を誤った。

 中国の習近平政権もその無誤謬性の立場から政策が柔軟性を欠き、国内民衆の主張の制御できかねる事態を避けるため対外冒険を強いられる恐れがある。

 この点、中国政府系の環球時報が「我が国の南シナ海政策は不変であり、これを可能とする軍事力もあり、いかなる事態にも対応する準備もできている」と報じたゆえなき過信が懸念される。

 日本国民は平和を欲すれば、憲法にすがる夢想から目覚め、この冷厳な現実を見つめ歴史の教訓に照らし安全保障に真剣の取り組まなければない時機に今まさに直面している。

 日本政府は間違っても、中国の罠に嵌って、中国の冒険的行為に恐れをなし領有権問題を話し合うなどと考えてはならない。また尖閣問題は単なる無人の岩礁の争奪ではなく、日米の戦略態勢と国際的地位の懸った大国際政治闘争であることを日米両国民のみならず世界に向かって強く訴えなければならない。

 発生した戦火への対応より、事前防止度努力の方がはるかに損害は軽微であり、そのための万全の努力を惜しんではならない。政府安全保障関係者はくれぐれも戦略判断を誤ってはならない。