妻を亡くしたM博士にとって、その後の人生の展開は想像を超えるものだったろう。

 社会学者として政府系の研究機関で地道に勤めあげてきた50代。細君を急な病気で亡くしたとき、周囲の人びとはM博士のさびしい老後を思って同情したものだが、それはやがて驚きに変わった。

 葬儀を終えてまもなく、博士の服装に明るい色が増え、メガネと髪型はスタイリッシュになり、クルマは真っ赤なスポーツカーに替わった。M博士は大変身した。

「50代オトコを探している女性がこれほどいるなんて」

「ぼくには彼の気持ちが分かるような気がする」

 そう言ったのはM博士宅へ夕食に招かれたことのある同僚のA博士。

 彼は、M博士の整然たるオフィスとは別世界の乱雑な自宅(M夫人は俗に「溜め込み症候群」と呼ばれる強迫性貯蔵症の気があったようだ)や、夫人の葬儀を仕切った友人たちが一様に1960年代のヒッピーファッションを身にまとい、キャロル・キングの歌が流れるなか順に起立して故人の思い出を語る光景を目の当たりにするにつけ、M博士と夫人の間にあった大きなギャップが想像されてならなかったという。