この事件は「映像」の力を物語っている。実はこの事件はすでに法的には解決済みだった。ライス選手はシーズン初めの2試合に出場停止、という軽い処分で済まされるはずだった。
ところが映像が公開されたことで、チームを解雇されてしまう。それだけではない。映像の存在が、全米でドメスティックバイオレンス(DV)問題を巡る議論を再燃させるきっかけとなった。
軽い処分で済ませたかったNFL
この事件を、時系列を追ってもう少し詳しく説明しよう。
ライス選手が当時の婚約者であるジャネーさんを殴って昏倒させたのは、2月15日のことだった。このとき、2人とも暴行罪で警察に逮捕された。この時点では警察に対し、「喧嘩がエスカレートし、お互いに暴力を振るい合った」という説明をしている。2人は間もなく釈放されたが、逮捕劇はニュースになる。
その4日後、インターネットのゴシップサイトが、エレベーター内の監視カメラに映った映像を公開する。公開されたのは、殴った後の映像のみ。つまり、ライス選手が気絶した婚約者の体を引きずり出している部分のみだった。
殺到するメディアに対し、レイブンズの代表は「2人は関係がうまくいっておらず、そのためにこのような問題が起こった。しかし、現在は関係改善に努力している。来シーズン、ライス選手は必ず戻ってくる」と繰り返した。
事態が急転するのは3月27日。検察は、ライス選手の罪状を単なる「暴行罪」から「加重暴行罪」(最高5年間禁固)に引き上げ、正式に起訴する。同時にジャネーさんの「暴行罪」は取り下げられた。この時点で警察は暴行ビデオの全容を見ており、それに基づいてライスの暴行を「悪質」と認定したためだと言われる(起訴の翌日、ライス選手とジャネーさんは突然正式に結婚する)。
だが、5月に入り検察側は、ライス選手が1年間、法的な問題を起こさず、セラピーに通うことと引き換えに、法廷で罪を追及することはしないと結論した。これで事件は事実上収拾する。NFLが政治力をフルに使い、本格的に事態の収拾に動いた結果だと見られる。