9月に入りウクライナ情勢は、ウクライナ政府と親露派代表の間に停戦合意が成立し、小康状態に入った。しかし一部では武力衝突も伝えられており、今後の情勢推移がどうなるかは予断を許さない。
このような状況に至った背景は単純ではない。ロシアにとってのウクライナの価値とウクライナの内情、それに対する欧米の支援姿勢など、様々な要因が複雑に絡み合っている。
また日本にとってもウクライナ情勢は、対岸の火事ではない。日中関係、今秋の日露首脳会談の成否にも重大な影響を与えるであろう。
1. ロシアにとってのウクライナの価値
ロシア経済は、IT化重視政策にもかかわらず、資源依存経済を脱却できないままでいる。特に、北米などでの大量のオイルシェールの埋蔵が確認され、今後石油と天然ガスの価格上低下が見込まれるようになり、資源依存のロシア経済の将来見通しは暗くなっている。
今後ロシアとして、資源以外に輸出が期待できるもう1つの分野が兵器である。しかし兵器生産について、ロシアには大きな懸念材料がある。それは、ウクライナがEUに加盟し、欧米経済圏に取り込まれることである。
ウクライナの東部地区は、1667年以来長らくロシア領となった背景があり、ロシア系住民も多く、ロシア語も話され、親ロシア感情も強い。その点が、1667年以降ポーランドやオーストリア・ハプスブルク帝国領となり、欧州の一部との感情の残る西部ウクライナとは、歴史的背景が異なっている。
また東部ウクライナはソ連時代、石炭、鉄鉱石などの資源に恵まれ、ソ連時代にはドニエプロペトロフスク、ハリコフ、ニコラエフなどの軍事産業の中心地が所在し、SS-18重ICBMなどの弾道ミサイル、空母を含む艦艇、戦闘機・ヘリ・艦艇用エンジン、戦車などの大規模な製造工場、整備工場が集中する、ソ連を代表する軍需工業地帯であった。
そのため、ソ連崩壊後、ロシア共和国では、トーポリM・ICBM以外の地上配備弾道ミサイルの生産が一時中止に近い状態に追い込まれたほどであった。
東部ウクライナは、今でも航空・宇宙・軍需産業の中心地であり、ロシアとの関係が深い。例えば、ハリコフ機械工場の製品の7割はロシアに輸出されている。
しかし、ソ連が崩壊しウクライナ共和国として独立してからは、軍需生産が停滞し、研究開発基盤も崩壊して、新たな型の戦闘機、戦車などの開発と生産もほとんど行なわれていない。兵器の稼働率も大幅に低下している。
またウクライナから、多くの兵器が闇市場に流れ、兵器輸出の規律にも欠けている。ウクライナは2012年に13億4400万ドルの兵器を輸出した世界第4位の兵器輸出国である。空母「遼寧」のもとになった「ヴァリヤーグ」、大型のエアークッション型揚陸艇「ズーブル」を中国に輸出しており、中国はウクライナにとり最大の兵器輸出相手国になっている。
中露関係は微妙であるが、ウクライナからの旧ソ連時代の兵器の特に中国に対する輸出はロシアにとり脅威にもなっている。ウクライナの兵器と軍事技術の欧米への流出はロシアにとり、それ以上の脅威と言えよう。
また、ウクライナの兵器はロシアよりも安価であり、ロシアの兵器輸出市場を奪っている。これらの観点から見ると、ロシアにとりウクライナの軍需産業地帯を統制下に置くことができれば、自国の軍需生産力を上げると同時に、兵器輸出の有力な競争相手の一国を脱落させて自国の市場を拡大し、欧米、中国など他国への軍事技術、最新装備の流出を防ぐこともでき、一石三鳥の効果があることになる。
また戦略態勢の観点から見れば、ロシアの北翼のバルト海正面はすでに、バルト三国がNATO(北大西洋条約機構)に加盟しており、バレンツ海に面するムルマンスクを除き、欧露の外洋への出口を閉塞されかねない態勢になっている。
ウクライナとクリミアは、ロシアと黒海の沿岸部を接しており、クリミア半島のセバストーポリ軍港は、ロシアの黒海艦隊の根拠地である。
ウクライナが安全保障面でも欧米の影響下に入れば、ロシアの黒海艦隊は自由に地中海への進出ができなくなり、欧露は北翼のみならず南翼も親欧米勢力に抑えられ、内陸部に封じ込められることになる。
そのような事態は、安全保障面のみならず国際貿易の交易ルートを確保する点からも、ロシアにとり何として避けなければならない。その意味で、ウクライナはロシアにとり戦略態勢上、是非とも確保すべき要域であると言える。
このようなロシアにとり戦略的にも経済的にも死活的な価値を持つ、ロシアの裏庭とも言えるウクライナが、EU加盟という欧米接近への動きを見せたことが、ロシアのなりふり構わない巻き返し行動を誘発し、今回のウクライナ問題の直接の引き金となったと言えよう。