ニッケイ新聞 2014年7月5日

 1950年といえば、自国開催のW杯を順調に勝ち進んでいた伯国代表が決勝でウルグアイに敗れて涙を呑んだ年だが、この大会の決勝戦に行きそびれた男性がその時の入場券と引き換えに今年のW杯の入場券をもらったが、その券を紛失して何日も眠れない夜を過ごすという事件が起きた。

 50年大会の決勝に行きそびれた男性は、現在85歳のジョエディル・ベウモンテさん。リオ・デ・ジャネイロ州コンセイソン・デ・マカブ在住のジョエディルさんは64年前、30クルゼイロスと書かれた入場券を手に入れ、決勝戦の日を楽しみに待っていた。

 ところが、結核を患っていた母親の容態が悪くなり、8人兄弟の長男のジョエディルさんは母親の世話をするために家に残り、決勝戦を観に行く事が出来なかった。母親はW杯後まもなく亡くなり、3万7131番の入場券は、64年間引き出しの奥深くしまいこまれる事になった。

 そんなジョエディルさんだから、ブラジルでのW杯開催が決まった時、今度こそ決勝を観ようと決意。だが、ジョエディルさんに頼まれた息子が購入できたのは、ギリシャ対コロンビア戦とベルギー対アルジェリア戦の入場券だけだった。

 ベロ・オリゾンテに滞在する事1週間。コロンビアの人達とも会話を交わし、酒を飲み交わしたジョエディルさんは「最高の日々だった」というが、決勝を観たいという思いは募るばかり。

 その時、64年前の入場券と引き換えに今年の決勝戦の入場券を手に入れられないかと思いついたジョエディルさんは、ブラジル・サッカー連盟(CBF)に掛け合ったが、CBFからは何の返事もなく、国際サッカー連盟(FIFA)のジェローム・ヴァルケ事務局長とゼッブ・ブラッター会長に手紙を書く事に。

 息子のジョゼ・アウグストさんが翻訳した手紙には、サッカーW杯博物館に入場券を展示し、その傍らにジョエディルさんの写真を飾る事と、今年の決勝戦の入場券2枚を進呈し、もう1枚の購入を認める事が書かれた返事が返ってきた。

 予期せぬ返事にジョエディルさん親子が小躍りした事は想像に難くない。ジョエディルさんは64年前の入場券の複製を200枚作り、署名と共に「私は行けなかった」と書き込み、友人に配った。

 ジョエディルさんは6月27日、リオ市で開かれたセレモニーに出席し、ヴァルケ事務局長から13日の決勝戦の入場券を受け取った。ジョエディルさんがかつて1950年の入場券をプレゼントすると約束していた8歳の孫はこの時、昔の入場券の代わりにW杯の公式ボールとFIFAのメダルを受け取った。

 ところが、嬉々としてコンセイソン・デ・マカブの農園に戻ったジョエディルさんを待っていたのは、もらったばかりの入場券をなくして眠れない日々だった。

 トイレ休止2回と自宅に帰り着いて門を開けた時のいずれかで入場券を紛失してしまったジョエディルさん。息子のジョゼ・アウグストさんも一緒に探したが見つからず、傷心のジョエディルさんは、FIFAの勧めに従って警察で調書を作り、入場券確認の際にそれを提示する事にした。

 FIFAから、3日までに券が戻って来なかったら再発行するとの約束をもらったジョエディルさんは、「僕のいとこは64年前、ブラジルが負けるところを観たけれど、僕はこの決勝でブラジルが優勝する瞬間を観るのを楽しみにしているんだ」と語っている。

(4日付エスタード紙より)

※注:伯国=ブラジル

ニッケイ新聞・本紙記事の無断転載を禁じます。JBpressではニッケイ新聞の許可を得て転載しています)