1945年の日本の降伏文書調印(マッカーサー連合国最高司令官)、92年の米ロ首脳会談で敵対から友好へ転換(ブッシュ米大統領、エリツィン露大統領)、93年のパレスチナ暫定自治宣言(ラビン・イスラエル首相、アラファトPLO議長)・・・
国家同士の対立が解けて平和が訪れる時、為政者は文書に調印して後世にその名を残す。冒頭に掲げた歴史的な合意には、時空を超えて共通の「目撃者」が存在していた。署名に使われた1本の万年筆、パーカー製の「デュオフォールド」である。
この「平和を愛するペン」は1921年の発売。ボディーは黒色という万年筆の常識を打ち破り、斬新なオレンジ色と強化プラスチックを採用してマッカーサーらに愛用された。当時、グランドキャニオンの頂上から約800メートル下の岩場に落とす実験を行い、「壊れない万年筆」を証明してみせたという。
インクが出なくなったり、逆に溢れたり・・・。19世紀後半の米国では、電信技師ジョージ・サッフォード・パーカーが性能の一定しない市販の万年筆に不満を爆発させていた。
それなら、自分でつくってやろう──。自らペン先へのインク供給を安定させる画期的な技術を開発し、1888年にパーカー社を創業した。以来、現状に満足することなく常に挑戦してきたからこそ、パーカーは万年筆のトップブランドを維持できたのだろう。
その後、パーカーは本拠地を英国に移転。現在は世界最大の筆記具メーカー、ニューウェル・ラバーメイド(本社米国アトランタ)の傘下にあるブランドの1つ。ほかにも同社はウォーターマンやペーパーメイト、ローロデックスなどステーショナリーの著名ブランドを幾つも抱えている。
しかしながら誰もが携帯電話でメールをやり取りし、iPadが飛ぶように売れるデジタル万能時代を迎え、人がペンを持つ時間は確実に短くなっている。果たして、高級万年筆は生き残ることができるのか――
筆者がこうした疑問をぶつけたところ、ニューウェル・ラバーメイドのアジア太平洋地域でパーカーやウォーターマンなど高級筆記具事業を統括するリチャード・ウェスラー氏はこう断言した。
「書くという行為が廃れることは決してない。間違いなく、100年後もパーカーの万年筆は存在する」
しかも、パーカーは人口が減っていく日本を「フランスやイタリアと並んで他国へ影響力を及ぼす市場」に位置付け、日本市場の再活性化に乗り出した。日本で売れなければ、世界最大の万年筆市場になるのが確実な中国で売れない――。そういう文脈でパーカーは日本市場を見つめ直し、ブランド力の再構築を始めていた。