「20世紀にはノーべル賞が少なく見積もっても30~40個出た、極めて効率的で水準の高い、巨大な科学プロジェクトがあった」なんて話をすると、最初は何のことだか分からず、半ば目を輝かせる方がいます。
で、その正体を言うと「なーんだ」といった失望の表情を浮かべられるのですが、果たしてそれで思考停止してよいのだろうか?
というのが、今回の話題、というより、ここ10回ほど続けてきた、ジョン・バーディーンの研究マネジメントの話の、ひとまずの、しかしなかなか考えるに値する、大切なポイントだと思うのです。
で、改めて「20世紀には、ノーベル賞が、少なく見積もっても30~40個ほども出た、極めて効率的で水準の高い、巨大な科学プロジェクトがあった」わけなのですが、何の話をしているか、ピンとこられるでしょうか?
全体主義と総力戦
人類の歴史を振り返っても、19世紀以前と20世紀以降にはいくつか大きな違いがあると思います。例えば織田信長や豊臣秀吉が活躍した「戦国時代」と呼ばれる時代は、 長篠や関が原、大阪夏の陣などを戦っている最中にも、農民は普通に田を耕し、猟師は魚を取っていました。
下克上の乱世と言っても足軽が出世できる時代になったというもので、すべての農夫が足軽になったとか、そんな話ではないわけです。
しかし、19世紀後半から20世紀にかけて、大きく時代は変化しました。日本で考えれば分かりやすいでしょう。江戸時代までは士農工商、善くも悪くも身分が分かれ、全国民の10%台程度に過ぎない武士がちゃんばらの担当者でありました。
しかし1867年、明治維新によって旧幕藩体制が打ち破られると「士農工商」の身分制度は廃止されます。
旧幕府旗本の子だった夏目金之介は東京帝国大学に学んだ英文学者の卵でしたが、東京都の「士族」から北海道の「平民」に転籍しています。なぜ「平民」か?
夏目金之介を含む当時の知識層のイメージとして、「ご一新後」日本はすべての民衆が平等になった、平等に「士分」になった、という認識があったから、だとされています。
つまり農民も職人も商売する人も漁労に携わる人も、すべてが「武士」になった、さむらいになったという意識です。「なんだそりゃ?」と思われるかもしれませんが、それは現実にあったことなのですね。
国民皆兵、つまり兵役という新たな義務がすべての(男子)国民に課せられた。こうなると、世の中の構造が全く変わってきてしまう。特に戦争のあり方が完全に変化する、端的に言うなら「総力戦」を覚悟せねばならない、という状況になってしまったわけです。
そうした戦争と平時の統治において、軍部が主導する全体主義がイニシアティブを取るのに、約20~30年から50年の時間がかかりました。
日本で考えるなら1867年に明治新政府ができてから27年後の1894年に日清戦争の勝利、38年で日露戦争の勝利、47年目の1914年にして第1次世界大戦に突入する、という歴史の進み方。