100億円以上もの大金をグループ会社から電話一本で引き出し、それも博打で使い果たしていた元会長の事件のことを耳にするたびに、映画「男はつらいよ」シリーズ(山田洋次監督)の、ある光景が頭に浮かぶ。

 「フーテンの寅」こと車寅次郎(渥美清)の正義感の強さと純情さ、それに飛び抜けたお人好しで人気を博したのが「男はつらいよ」だ。そこに登場する人物の一人ひとりが強い個性を持っていて、観る人を惹きつける。

 そんな中で、博打に100億円以上も注ぎ込んだ元会長から思い出されるのは「タコ社長」だ。

 柴又の寅さんの実家の裏にあり、妹「さくら」の夫「博」が勤める印刷会社の社長である。寅さんにつけられたニックネームが「タコ」だ。お人好しでおしゃべり、何かとタイミングが悪くて寅さんを怒らせる。2人の掛け合いは漫才そのものだ。

 その社長はギャンブル好きというわけではない。会社のカネを湯水のように自分の遊興に使っていたわけでもない。

 まるで逆だ。自分の遊興費どころか、会社を維持するために必死で資金繰りに走りまわるのだ。資金繰りができなければ明日にも会社は倒産してしまう。そんな悲惨さが、軽口をたたくタコ社長には漂っていた。とても淋しく、悲しい光景だった。

 あれが、日本における中小企業の大半の社長の姿ではなかっただろうか。「男はつらいよ」シリーズは終わってしまったけれど、世の中からタコ社長は姿を消していない。軽口を叩く余裕すらなくし、簡単に100億円を引き出せた大会社の元会長をうらやむ気力すら失ってしまっているかもしれない。

「うちが部品をつくった」と大声で言えない中小企業

 なぜ、日本の中小企業の経営者はタコ社長でい続けなければならないのだろうか。