ウクライナ大統領選挙においてヴィクトル・ヤヌコーヴィチ氏が得票率3ポイント(90万票)の僅差でユリア・ティモシェンコ首相(当時)を振り切り、第4代ウクライナ大統領に就任した。

 ヴィクトル・ユーシェンコを大統領に押し上げたオレンジ革命から5年を経て行われた本選挙は、過去最低の投票率、過去最高の不支持票数を記録し、経済危機になす術がない政治に対する有権者の不信を反映した結果となった。

ロシア寄りのウクライナは欧州の脅威に

ウクライナ大統領選、親露派ヤヌコビッチ氏が勝利宣言

ウクライナの大統領となったヴィクトル・ヤヌコーヴィチ氏〔AFPBB News

 欧米は、「自由で公正な選挙」とその民主主義の定着ぶりを評価したものの、関心度は前回よりはるかに低かった。とはいえ、「国民の70%は変革に投票した」と自負する新大統領の下、ウクライナ外交の動向には、少なからず国際的な注目が集まっている。

 欧米寄りウクライナの存在は、拡大ヨーロッパの前提条件であり、ベラルーシのようなロシア寄りに万が一、ウクライナがなった場合は脅威となるからだ。

 ヤヌコーヴィチ氏は議会で就任宣誓式をこなした後、早々にブリュッセル、モスクワの順に訪問した。その際の発言は、ユーシェンコ以前の外交、すなわち「欧州統合路線」への回帰を強く示唆するものである。

 ウクライナは独立以来、欧州連合(EU)加盟を目指す「欧州統合路線」を掲げてきた。同時に軍事ブロック外中立も国是としており、ロシアとの軍事同盟は一貫して否定している。中立の枠内で北大西洋条約機構(NATO)等の欧州安全保障機構との関係を拡大する安全保障政策を採ってきた。

 2002年には、レオニード・クチマ大統領(当時)が「9.11」後の米ロ接近を奇貨としてNATO加盟の意思を表明し、「欧州選択」あるいは「欧州大西洋統合路線」と呼ばれるEU・NATO両加盟を目指す外交に転換した。

 オレンジ革命後、クチマ氏の後を継いだユーシェンコ政権はこの外交路線に拍車をかける一方で、ロシア側の反発を呼ぶ言動を繰り返し両国関係は冷却化、当時の野党勢力から批判を浴びてきた。

欧州のウクライナと規定する新大統領

 実際のところ、本選挙の争点は外交ではなく危機を招いた政権への審判にあったが、それでも、ロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領はモスクワでヤヌコーヴィチ氏を迎え「何百万ものウクライナ国民は停滞していた両国関係の発展に賛成票を投じた」と述べ、外交政策の変更に大きな期待を寄せた。

 ヤヌコーヴィチ氏はしばしば「親ロ派」と形容されるが、ウクライナのナショナリズムやヨーロッパ性を否定している訳ではない。

 先の選挙ではティモシェンコ氏、ユーシェンコ氏のみならずヤヌコーヴィチ氏も、自国を「ヨーロッパ国・ウクライナ」と規定しており、こうしたアイデンティティーがウクライナ国民および政治家に行き渡っていることが見て取れる。

 世界的な経済危機によって遠のいたとはいえ、豊かな生活を意味するEU加盟は、ウクライナ国民の過半数が賛成している。ヤヌコーヴィチ氏の「親ロ派」性を示すとされる「ロシア語の第2国家語化」の公約は、就任後、「ヨーロッパ地方言語・少数言語憲章に沿って対処する」とトーンダウンしている。