不道徳な賭博なのか、それとも現実を正しく映し出す鏡か。

 ある金融商品に対する規制の在り方をめぐり、欧米で金融関係者と当局者の意見が真っ二つに割れている。そのきっかけはギリシャの財政危機から派生した欧州国債市場の混乱。「投機筋の次の標的は日本」とも叫ばれる中、我が国の当局は模様眺めでよいのだろうか。

米AIG、総額1億ドルのボーナス支払いへ オバマ大統領は「憤慨」

CDS取引で巨額損失、経営破綻した米AIG〔AFPBB News

 市場混乱の元凶とされているのがクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)。この耳慣れない金融商品の名前をたびたび耳にするようになったのは、米国保険最大手のアメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)が2008年9月に破綻危機に直面してからだ。

 当時、AIGはゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーをはじめとする大手投資銀行などから想定元本ベースで4000億ドル(約36兆円)以上のCDSを引き受けていた。仮にAIGが破綻すればCDS取引が大混乱に陥り、国際金融市場に破滅的な影響を及ぼしかねない――。危惧した米国の財務省と連邦準備制度理事会(FRB)は、AIGの実質国有化に踏み切らざるを得なかった。それ以来、CDSは世界の金融市場を汚染する「有毒金融商品」の代表格に擬せられている。

 CDSは、企業の信用リスクをカバーするデリバティブ(金融派生商品)。ある企業の社債を購買した投資家が、その企業が破綻して保有社債が「無一文」になるリスクを他の投資家に移転するために購入する、一種の保証または保険だと考えてよい。

 CDSの買い手は保証料(リスクプレミアム)を売り手に支払う。引き受ける信用リスクの計算さえうまくできれば、CDSの売り手はプレミアム収入で潤う。1990年代、金融工学とコンピューターの発達で迅速な信用リスクの計算が可能になり、CDS市場は一気に成長した。

 2000年代のAIGはCDS取引で業績を急拡大し、そして瞬く間に破綻の瀬戸際へ追い込まれた。「プレミアム集めのおいしい商売」に傾斜していたところに、リーマン・ショックでCDS価格は計算外の大暴落。大量のCDSを引き受けていたAIGは巨額の損失を蒙り、奈落の底へと沈んでいった。

 2000年代に入ってからのCDS取引の規模拡大は凄まじかった。国際スワップ・デリバティブ協会(ISDA)の「ISDAマーケット・サーベイ」によれば、発行残高(想定元本ベース)は2001年6月末の6315億ドルから、ピークの2007年末には62兆1732億ドルへと100倍の規模に膨らんだ。金融危機発生後の2009年6月末時点でも、最盛期の半分とはいえ31兆2231億ドルの残高がある。

 CDSは元来、信用リスクのある株式や社債を保有する投資家のための保証商品。しかし信用リスクの計測が市場データから数理モデルを使って簡単にできるようになると、株式や社債を発行していない企業を対象にしたCDSさえ販売されるようになる。

 こうした商品を「ネイキッド」CDSと呼ぶ。つまり「裸」というわけだから、もはや賭博に近いイメージになる。ロンドンのブックメーカー(政府公認の賭博の胴元)が女王陛下の退位を対象にした賭博を売り出したり、米国中西部のビジネススクールがウェブサイト上で電子的な賭場を開帳し、そのオッズで大統領選の勝者を予測したりする、あの世界だ。

アジアでも中南米でも、財政危機が招いたCDSプレミアム上昇

 信用リスクがないリスクフリー(安全)資産の代表格である国債を対象にした「ソブリンCDS」も、1990年代から存在する。なぜ国債に信用リスクがないのか。それは、国債が国の借金であり、いざとなれば国民に課税すればよいという理屈になる。

 とはいえ、健全財政の国と借金まみれの国の間で国債の流通利回り格差が生じているように、財政危機が懸念される国のソブリンCDSのプレミアムも高くなる。このためソブリンCDSのプレミアムは、ある国の財政の健全度を金融市場がどう見ているかを示す定量的な指標だと考えられる。

 財政危機に瀕した国のソブリンCDSのプレミアムは高くなる――。こうした思惑から、世界中の大手金融機関が取引に殺到。その多くが国債を現実には持たず、投機的な「裸の」CDS取引を続けている。