1930年代に出版されたケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』は名実ともに近代経済学の集大成とも言える代表作だった。ケインズはその中で、経済危機を乗り越える政策ファクターとして、「消費」「投資」「物価」「利子率」「雇用」などの相関関係に関する精緻な分析を行い、今日の経済政策運営にも大きな影響を及ぼしている。

 実は、今日の中国経済を理解するうえでも、ケインズ理論が欠かせない。温家宝をはじめとする指導部の多くは、どちらかと言えばケインジアンに近い考え方を持っている。市場競争を強調する新古典派ではなく、政府の関与を是とする考えである。

 そうした中で、中国経済について「金利政策」「物価」「雇用」という3つの側面から考察することは、依然重要な意味を持つ。経済の先行きを見通すために最も重要なのは、これらのファクターの因果関係を正しく捉えることである。

「投資の拡大」を実施したものの経済効率は悪い

 中国政府は内需刺激政策として「投資の拡大」を主導してきた。しかし、実際は投資が内需を刺激するのではなく、内需の拡大が投資を刺激するのだと言われる。90年代の日本の「失われた10年」は、まさに投資をもって内需を刺激しようとした結果だったのではなかろうか。

 問題はそれだけではない。行き過ぎた投資拡大政策により、日本の債務残高のGDP比は200%に近い巨大規模になってしまっている。

 同様に、中国政府は今般の金融危機を乗り越えるために、2009年に4兆人民元に上る財政出動を実施し、投資の拡大による内需刺激策を行っている。その結果、2009年の投資(固定資本形成)は30%伸びた。

 投資率(固定資本形成÷GDP)が4割を超えるだけで、経済成長率は2桁になる計算になる。だが、実際の経済成長率は8.7%(2009年)にとどまった。このことは投資主導の経済の効率の悪さを物語っている。

効果を発揮していない中国の金融政策

 市場経済では景気後退局面において政府が利下げなどの金融緩和政策を実施する必要がある。それによって、マネーサプライを増やす。また、金利が下がれば、企業にとり資本コストが下がり、投資を拡大することができると考えられる。

 同時に、金融緩和局面において、将来的にマネーサプライが増えるという期待に基づいて、物価もいずれ上昇に転ずると予想される。結果的に、家計は将来に消費するよりも、今、消費した方が得と判断し、消費が増加に転ずる可能性がある。

 市場経済の構築を目指している中国は、2008年9月以降、複数回の金融緩和を実施した。ただし問題なのは、政策当局が金融緩和政策の効果が不十分と判断し、拙速に財政出動を追加実施したことにある。

 現状において中国の製造業企業の多くは過剰設備を抱えているため、マネーサプライは確かに増えているが市場ではデフレ期待が依然強い。したがって、家計は今の消費を控え、消費を先延ばししようとする。この消費控えが景気回復を阻害している。