11月12日の朝日新聞朝刊が掲載した記者コラム「政策ウォッチ」は、10月末に決まった 0.2%利下げ直前の日銀取材の舞台裏を紹介しながら、日銀の市場との対話に絡めて、意味深長な問題提起をしたものと、筆者は受け止めている。

 同記事によると、日銀は日経平均株価が 26年ぶりに7000円を割り込んだ 28日の夜でさえ、「やるにしても今かね。金利を下げても経済的に影響はない」(日銀幹部)という姿勢だった。ところが、29日以降、「日銀は浮き足立った感がある。ある審議委員は『追い込まれた』とうめき、『実体経済への影響を考え、目先の市場には動じない』とされてきた白川方明総裁がかじを切った」という。

日銀総裁「日本経済は当面停滞」 過度の利下げには警戒

白川日銀総裁の心中は?〔AFPBB News

 11日の参院財政金融委員会で山口広秀日銀副総裁は、10月8日の協調利下げへの参加を見送ったにもかかわらず、10月末になって 0.2%利下げを行った理由について、「10月8日以降も国際金融資本市場の状況は緊張に満ちたものであったし、その影響は日本の金融市場にもかなり出てきていた」「日本経済については、設備投資の弱めの指標が続き、輸出についても頭打ち感がはっきりしてくるなど、データに蓄積があった」といった説明をした。白川日銀総裁は利下げ決定直後の記者会見で、「経済・金融情勢自体が、この1カ月弱の間に大きく変化したということであります」と、同様の説明をしていた。

 実際には、円高・株安という市場の急速な動きと政府の追加経済対策から、日銀は一気に「内堀」まで埋められてしまい、そのまま「落城」した、ということだろう(「日銀が 0.2%利下げ」参照)。さらに言えば、0.2%利下げ決定に至るまでの日銀の景気・物価判断には、フォワードルッキング性がほとんど感じられない。日銀は、量的緩和解除以降、一連の金融引き締め策に動く際には、奇妙なほどフォワードルッキングであるべきことを強調していたのだが・・・。

 最近では、「フォワードルッキング」という言葉自体が、日銀総裁らの発言内容から消えてしまった。代わりに多用されているのが「不確実性」である。確かに、大恐慌以来とされる金融危機が発生しているだけに、先行き見通しは難しい。しかし、どうやら景気は悪い方に動きそうで、物価上昇リスクは消滅する方に動きそうだ、というリスクバランスの変化は、早い段階で容易に認識されたはずである。しかも、米国や欧州の中央銀行幹部からは、そうした方向の発言、景気下振れリスクの増大と物価上振れリスクの減退を指摘する発言が増加していた。

 0.2%利下げへの反対票も、結局は下げ幅 0.25%にこだわったものが大半で、政策委員8名中7名が利下げに突然賛成したという実情を知って、どこか白けた気分にとらわれたのは、筆者だけではあるまい。

 投票行動における日銀政策委員の「同質性」の強さは、相変わらずである。イングランド銀行を代表するハト派であるブランチフラワー政策委員のように、同僚をある程度批判してでも、景気後退の危険性を強調して必要な大幅利下げの主張を貫けるような気骨ある人材が、いまの日銀には見当たらない。

 2001年3月の量的緩和政策導入を典型例とする、日銀の政策決定が何の前触れもなくそれまで掲げてきたロジックとは異なるものになってしまうという悪しき伝統が、なお守られている感がある。

 とはいえ、現実に利下げしてしまったのだから、日銀にはその効果が出ていることを「実証」する責任がある。市場あるいは内外当局に対して、もっぱら市場金利の押し下げを通じて、金融の緩和状態が維持されているということをデモンストレーションする必要性に迫られていると言ってもよかろう。

 白川日銀総裁は、0.2%利下げ決定後の会見で、こうも言っている。「経済・金融情勢の変化に対応して金融の緩和状態を確保していくためには、政策金利を引き下げることが適当であると判断したわけであります」

 筆者の見るところ、日銀は 11月の積み期間入り以降、年度末にかけて、ターム物金利の押し下げに向けて、資金供給を目立って強化していく可能性が高い。そのあたりを先取りした中短期ゾーンの債券利回り低下の動きには合理性がある。

 そして、世界的な金融危機対応強化で社会主義的な施策が積み重ねられていく中で、そうした政策からの「出口」までの時間的な距離、状況が不安定な過渡期であるがゆえに日銀を含む中央銀行が利上げに動くことができない時間帯は、向こう1年半~2年といった、かなり長いものになる可能性が高くなっている。

 このことは、当初スティープ化したイールドカーブに、時間の経過とともにブルフラット化圧力が加わっていくことを意味している。リスク管理上の制約など市場の内部要因のみが現在障害になっているが、ファンダメンタルズと金融政策見通しから、債券相場には非常に強い追い風が吹いている。先行き 10年債利回りが 1.3%台ないしそれ以下に低下していくだろうという筆者の見方は不変である。