市場経済にとって、「信用」はその礎のようなものである。換言すれば、市場経済は「信用の経済」と言っても過言ではない。だから信用の成り立たない社会で市場経済が順調に発展することはあり得ない。
以前、掲載したコラム「中国社会で増幅する信用不安」の中で、なぜ中国社会で信用が成り立たないのかについて詳しく述べた。すなわち、現在の中国社会で信用が崩れた原因は、心の拠り所(信ずるもの)が失われたことにあると思われる。
かつてはマルクス・レーニン主義や毛沢東思想といった哲学が中国国民を結束させていた。しかし市場経済に移行してから、社会を結束させる哲学は存在しなくなった。
日本では、政治不信が増幅し、社会全体で無力感が漂っている。それは中国でも同様だ。中国社会で、国民の政府(共産党)幹部への信用は、まさに地に堕ちた感がある。その結果、社会全体への信用がなくなっている。
豊かになったが幸せではない中国国民
共産党は信用危機の現実を知らないわけではない。共産党の機関誌を発行する会社、求是は、「小康」という雑誌を発行している。「小康」と中国最大手のポータルサイト「新浪網」は2008~2009年度の中国社会の信用度を調査した。
図1に示したのは、信用度の高い時代をアンケート回答者に投票してもらった結果である。それによると、最も社会への信用度が高いのは、1949年の建国から66年に文革が始まるまでの間だった(52%)。そして建国前(16%)、80年代(14%)と続く。それに対して、90年代と最近の10年間と答えたのは、わずか1%程度だった。
いかなるアンケート調査の結果も鵜呑みにしてはならないが、今回の信用度調査は次の諸点について興味深い。
第1に、これは共産党の機関誌が行った調査である。その結果を見る限り、意図的な操作は行われていないと推察される。第2に、調査の結果は、ほとんどの中国人の実感と合致する。第3に、過去100年で見た場合、90年代以来の20年間は中国社会が最も豊かになっているにもかかわらず、信用度は最も低い値になっている。この点は意外だった。
実は、このアンケート調査を通じて、人々が将来の生活に対して抱く希望(期待値)と、社会への信用度が密接に関連していることが読み取れる。
1949年以前の中国は抗日戦争に勝利し、これから新しい国づくりに対する期待が高まった時期だった。それゆえに、信用度が16%に達した。
建国後の十数年間、特に50年代においては中国社会が上昇気流に乗ったような雰囲気に包まれていた。将来への期待と希望が膨らむ中で、信用度も高まった。また、80年代は、文革と長年の権力闘争が終わり、これから豊かになろうと社会全体が希望に包まれていた。