「円高に悲鳴を上げる産業界」―。
21世紀に入っても、為替相場をめぐるメディアの論調は相変わらず。日本経済は輸出頼みの構造から脱却できず、日銀の幹部は「通貨価値の上昇をこれほど恐れる国は類を見ない」と溜め息をつく。「円高が1円進めば、トヨタ自動車の営業利益は400億円吹き飛ぶ」は経済記事の常套句だが、そろそろ発想を転換しないと、日本はポスト金融危機の世界経済で生き残れないだろう。
10月17日、財務省3階の記者会見場でちょっとした「異変」が起きた。中川昭一財務・金融相の指示に基づき、事務方が「日の丸」を会見場に持ち込み、当局と記者クラブの間に緊張感が高まったのだ(北海道新聞)。以後、大臣は国旗をバックに会見に臨み、所管する為替政策について「重大な関心」などと円高牽制の「口先介入」を続けている。国威発揚に熱心な中川氏でさえ、自国通貨が強くなるのを許せない。米国の「強いドル」とは対照的な「弱い円」政策に対し、日本国内では疑問の声がほとんど上がらない。
「通貨は強くて安定し、使い勝手のよいことによって信認を得るのであって、先進諸国の中央銀行では、皆このような通貨の強さを目指している」「その国の通貨の強いことがその国の国力や発言力に直接、間接に影響を持つ」(速水優著『強い円 強い経済』東洋経済新報社)。
政府・与党からの批判の集中砲火を覚悟のうえで、速水優氏は日銀総裁の在任中(1998~2003年)、信念の円高論を展開していた。その是非はともかくとして、通貨政策について骨のある議論が聞かれなくなって久しい。事なかれ主義と思考停止の傾向が、日本社会に一段と強まっているのかもしれない。
輸入コストはシンガポールの3倍
円が高くなれば、確かに企業の輸出採算は悪化する。ソニーの業績見通し下方修正が引き金となり、24日の日経平均株価が5年ぶりに8000円を割り込んだように、日本経済は円高抵抗力に依然乏しい。また、本業の不振を補うため、為替相場絡みのデリバティブ(金融派生商品)に手を染めていた企業にとっては、致命傷になりかねない。メガバンクの関係者は「(予想に反して円高が進むと多額の損失が発生する)ノックアウト・オプションを購入していた中小企業の倒産が多発する恐れがある」と警戒する。
その一方で、原油価格はピークから半分以下の水準まで下落し、それに円高効果が加われば、日本企業のコスト削減に大きく貢献する。4月に1リットル25円のガソリン暫定税率が一旦失効した際、国民は熱狂的に歓迎したが、いずれガソリン価格はその水準まで下がる可能性が高い。このほか、円換算の1次産品価格は総じて下落しており、日本経済のコスト改善要因となる。