去る7月5日、「中国株式会社」を象徴するようなスパイ摘発事件がまた起きた。
場所は上海、しかも身柄を拘束されたのは英豪系資源大手のオーストラリア国籍を持つ幹部社員だ。中国がらみのスパイ事件といっても、先進国での中国人による活動ばかりではない。
日本ではあまり大きく報じられていないが、中国と豪州のマスコミでは大騒ぎになっているらしい。中国当局は「拘束には十分な証拠がある」と主張する。
しかし、オーストラリア側では、親中派といわれるラッド首相すら中国側の対応に「世界が注目している」と懸念を表明するなど、泥仕合の様相を呈しつつある。
内外メディアの多くは、中国・豪州外交関係、国際鉄鉱石市場を巡る暗闘、中国でのビジネスリスクなどに焦点を当てている。しかし、この事件は政経一体の「中国株式会社」、特に、その陰の部分が垣間見えるという意味でも実に興味深いものだ。
容疑者は天安門事件デモ参加者
まずは、現在までに報じられた事実関係をまとめてみよう。
(1)本年(2009年)7月5日、中国国家安全部上海支局は、英豪系の資源最大手 Rio Tinto (リオ・ティント、以下リオ社)上海事務所の4人の社員を「スパイ」容疑と「国家機密」を「贈賄」により盗取した容疑で拘束した。
(2)拘束されたのは同事務所のスターン・フー(中国名は胡士泰、豪州国籍)鉄鉱石マーケティング責任者と3人の中国人社員だが、その後容疑は贈賄による国家機密盗取だけに絞られたようだ。また、2日後の7日には中国製鉄業界幹部も2人拘束された。
(3)フー氏は1956年天津生まれ。文化大革命時代は不遇だったが、79年に北京大学歴史学科に入学し、86年には社会科学院で修士号を取得したとされる。
(4)その後、国営投資会社である中国中信集団(CITIC)に就職したが、天安門事件の際に反政府デモに参加したことが判明し、90年に辞職を強いられている。
(5)その後、豪州企業AWAに就職し、94年にオーストラリア国籍を取得。96年からは、後にリオ社の一部となる Hamersley Iron(ハマスレー・アイアン)で働き始め、爾来中国に対する豪州産鉄鉱石の販売に従事してきた。
要するに、不遇な文革世代の若者が、苦学してようやく大学院を卒業、天安門事件への関与により政府系企業での出世の夢を挫かれたものの、その後オーストラリア人となって帰国し、故国での鉄鉱石ビジネスで大活躍するという、一種の「チャイニーズドリーム」の体現者である。
実際、フー氏の評判は決して悪くない。各種報道でも「大変印象深く、エレガントで、物静かな人物」といった評価が一般的だ。