いきなりで恐縮だが、男女は交わるものである。生物の神聖なる情交の本来の目的はただ1つ、種の保存に他ならない。鮭が命をかけて川を上り産卵するようにすべてのものは愛から生まれる。往々にしてほとんどの生物は生殖機能の終焉が、個体の寿命となる。その例外は人間と鯨くらいらしい。
ペルーのリマの安宿で、しばらく開くことのなかったメールの受信箱をチェックしていると、キューバで知り合った中国人のアニータからのメールがあった。今度の休暇に南アフリカに行くようだ。
南アフリカは広大なサバンナを有し、ダイナミックな大自然の中で多くの野生動物が生息する楽園である。
弱肉強食は動物の世界だけにとどまらない。南アフリカでは人間社会でも「持っているヤツから奪う」のは日常的なことのようだ。
首都のヨハネスブルクと言えば、戦乱の紛争地帯を除けば世界一危険な都市として知られる。殺人事件の発生率は日本の50倍。白昼堂々の強盗は日常茶飯事だ。また、HIV感染者は5人に1人。さらに、強姦の被害届は年間に6万件、実際の数字は当然それ以上という。
そんな場所に2人で乗り込むのはかなりの勇気を必要とする。しかし、私は一考した。ひょっとしてこれは千載一遇の好機ではないかとよこしまな考えが頭をよぎった。これは上げ潮の前触れではないか、とひとり勢いづいたのである。
イタリア人カップルとレンタカーをシェア
数日後、私はヨハネスブルク空港のキャセイパシフィック749便の到着ゲートにいた。今後、彼女と3週間、行動をともにするかと思うと、脳内で快楽物質が勢いよく放出されたような高揚感を覚えた。
クルーガー国立公園は、ほぼ自然の状態の野生動物を見られる広大な公園である。広さは南北350キロメートル、東西60キロに及ぶ。野生動物の種類と個体の多さは世界有数で、公園内は全長2000キロの舗装道路がくまなく走っている。
私とアニータは国際免許証を用意していなかったが、幸運にも公園内の同じコテージに宿泊していたイタリア人カップルが、レンタカーをシェアしないかというので、行動をともにすることにした。
このラテン系の2人は、いかにも不釣り合いなカップルである。男は痩せていて、鼻は高いが背の低い、一見さえない中年男で、郵便局に勤務しているという。女は若くて豊満で、背が高く髪の毛がカールした美女だ。黄緑色のタンクトップが「ワンサイズ小さいのでは」と思われるほど、艶容な曲線美を強調している。
私たち4人は1日に約300キロメートルをドライブし、4日間、公園内を走り回った。「公園」とはいえ、園内は大自然を可能な限り再現している。
ライオンが集団でキリンやインパラを仕留めたり、象の群れをリーダーの象が絶えず注意を払いながら守る光景などを見ていると、知能的かつ精神的なものが野生動物に宿っていることを実感する。