メディアや有識者に「国保逃れ」を批判する資格はあるか?
朝日新聞は社説で厳しく「国保逃れ」を批判しています(朝日新聞を選んだことに他意は無く、たまたま見かけたからです)*3。
*3:(社説)維新「国保逃れ」 改革語る資格あるのか(2026年1月9日)
また、国保逃れを報じる記事に、大学教授や弁護士が批判コメントを寄せています*4。
*4:維新の国保逃れ、幹部は十分な説明できず 社会保険「改革」訴える中
しかし、朝日新聞の社説を書いた人も、「朝日新聞健康保険組合」に加入して、リスクの高い加入者を国保に押し付けたことで実現した安い健康保険料を享受しているのではないでしょうか?
批判コメントをしている大学教授や弁護士も、大学や弁護士の健康保険組合に加入しているはずです。
もちろん、社説や批判コメントの内容自体は決して誤りではないと思います。しかし、自身は保険料の安い健康保険組合を利用しておきながら、国保から逃げようとする人を批判することには違和感を覚えざるを得ません。
自分は安全地帯にいながら、戦場から逃げ出す兵隊に「逃げるな! 俺を守るために戦え!」といっているように聞こえます。
せめて、「国保逃れ」の批判とあわせて、制度が半ば意図的に起こしたリスクの偏りにより生じた、国保加入者とそれ以外の健康保険加入者の間の、容認しがたいレベルの負担の差の解消を訴えていく必要があるでしょう。
せっかく総選挙前に「国保逃れ」が社会問題化したのですから、本当はこうした社会保険に潜む大きな不公平を解消することも論点になればよいのではないかと思います。
ただ、残念ながらこの不公平が解消されることはないだろうとも思っています。
それは、国保加入者が約2500万人であるのに対し、協会けんぽ、健保組合、共済組合の加入者は8000万人弱もいます。
2500万人の「手取りを増やす」ために8000万人の「手取りを減らす」政策を公約にできる政党はおそらく存在しないでしょう。
「どのような働き方を選ぶか」という個人の尊厳の根幹に関わる選択によって巨大な不公平が生じてしまうわけですが、これを民主的な手段で解決することは期待できず、脱出するには「国保逃れ」に頼るしかないというのが現実なのかもしれません。