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(英フィナンシャル・タイムズ紙 2025年8月14日付)

「ゆでガエル」はかつて米ゼネラル・エレクトリック(GE)の最高経営責任者(CEO)だったジャック・ウェルチが好んで使った言葉だ(NilsによるPixabayからの画像)

 市場がドナルド・トランプに屈している。

 おかげで米国大統領の経済政策策定の無謀さが新たなレベルに引き上げられる可能性が生じている。

 こんなはずではなかった。

 トランプのホワイトハウス返り咲きが決まった後の世間の見立ては、大統領が突拍子もない衝動に駆り立てられても市場がそれを諫めて落ち着かせくれるというものだった。

 やり過ぎの兆しが見えたら、いわゆる株式自警団という新しいグループが有力な株価指標を揺さぶって警鐘を鳴らし、従来寄りの路線に連れ戻してくれると思われていた。

 しばらくの間は、ある程度この期待通りだった。

 トランプが輸入税をもてあそぶ様子に、株式投資家は敵意を示した。当初は弱かったが、世界各国からの輸入品に相互関税をかけるというばかばかしい発表が4月2日になされると、強さが増した。

 トランプは1週間後にこれを引っ込めた。株式市場よりも身体の大きな強面の従兄、債券市場が関税の発動を遅らせた。

 投資家はそれ以降、トランプの言うこと、やることはハッタリだと繰り返し指摘するようになり、そのうち尻込みするだろうとの期待から、奇怪な政策発表の数々を軽視するようになっている。

 問題は、だいたいのケースにおいてトランプが尻込みしなくなったことだ。その結果、投資家は大半の尺度で見て、以前ならすぐに走って逃げていたはずの事態にさえ反応しなくなっている。

タイムマシンで1年前に戻り、「今」を教えてやったら・・・

 タイムマシンに飛び乗って1年前に戻り、どこかの資産運用担当者に2025年8月の世界の様子を教える場面を想像してみよう。

 まず、米国株式市場はほんの一握りの銘柄への集中がかつてないほど進んでおり、そのうちの1社の最高経営責任者(CEO)はホワイトハウスの大統領執務室で最高の贈り物を手渡して以来、大統領に優遇されている。

 米国の至る所で貿易に税がかけられている。主要な貿易相手国との合意は、それが記された紙ほどの値打ちもない。そもそも紙に記されていないことがその主な原因だ。

 おまけに、トランプの個人的な好みによって特定の国がはじかれてしまっている。詳しくはスイス、ブラジル、インドの当局者に尋ねてみればいい。

 この大統領はつい先日、労働統計局のトップを解任した。最新の雇用統計が気に入らないというのがその理由だった。

 米連邦準備理事会(FRB)議長のジェイ・パウエルには今でも侮蔑の言葉を浴びせている。解任を試みる手を緩めたのは、そうせざるを得ない時だけだ。

 FRBと言えば、(今のところ)一時的に空いている理事の1枠に大統領経済諮問委員会(CEA)委員長のスティーブン・ミランを充てると述べた。

 ミランは多方面で不評を買ったマールアラーゴ合意を提唱した非現実的な発想の持ち主で、世界で最も重要な中央銀行の「抜本的な見直し」を求める論文の共著者でもある。

 その論文では、「理事や地区連銀の幹部を大統領が自由に解任できるようにすべき」との主張も盛り込まれている。

 ああ、それから米国人が愛してやまない確定拠出年金「401(k)」から暗号資産に投資する道も開かれた。