井山裕太王座(東京千代田区の日本棋院・東京本院にて/撮影:宮崎訓幸)
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 囲碁界で前人未踏の七大タイトル独占を2度達成し、国民栄誉賞も受賞したレジェンド棋士の井山裕太王座(36)。前編では、棋士生活始まって以来の不調の中、“歯車の狂い”を調整している苦しい現状を素直に話してもらった。後編ではAI(人工知能)の登場によって囲碁というゲームはどう変わったのか、囲碁界の未来の展望も含めてさらに詳しく聞いた。(前・後編の後編)
【聞き手:内藤由起子(囲碁観戦記者)/構成:田中宏季(JBpress編集部)】

>>前編:【井山裕太王座 独占インタビュー①】最大のスランプに陥っているレジェンド囲碁棋士の「逆境を乗り越える思考法」

AIの評価値は「あくまで参考意見程度」

──井山さんが七冠制覇された2016年は、人間より強い囲碁AIの「アルファ碁」が登場した時期と重なります。それを皮切りにAIは多種にわたり開発され、誰でも自由に使えるような状況になりました。井山さんはAIの進化をどう見ていますか。

【井山裕太(いやま ゆうた)】
1989年5月24日生まれ、大阪府東大阪市出身。石井邦生九段門下。小学6年生でプロテストに合格し、2002年入段。2009年史上最年少の20歳で名人獲得、同時に九段昇段。2016年史上初の七冠同時制覇。2017年名人奪還で2度目の七冠。年間8棋戦優勝は史上最多記録。名誉棋聖、名誉王座、名誉天元、永世本因坊、名誉碁聖の資格を有す。獲得タイトル数77は史上1位。2016年内閣総理大臣顕彰受賞。2018年国民栄誉賞受賞。

井山裕太王座(以下、井山) AIはいまや避けては通れないものになっています。いかに自分の中でAIが示した手を落とし込んでいくかということと、本来自分の持っている能力とのバランスを取ることが大切になっています。

 自分が持っている「強み」を失ってしまっては、囲碁を打つ意味がどこにあるのか分かりません。自分なりの強みは常に模索して、磨いていきたいと考えています。

 また、AIを活用して日頃の研究をしていく中で、頼り過ぎてしまうとひらめきが出にくくなる部分もあるので、難しいところです。囲碁は研究の範囲内だけで進んでいく局面は少なく、どこかで未知の世界に入っていきます。あまり過去に頼り過ぎても、全く同じ局面は絶対ないので、「これは以前に経験したな」ということがヒントになることもあれば、邪魔をすることもあるのです。

──井山さんのAI活用方法を教えてください。

井山 AIソフトはいろいろあります。正直、どのAIも人間よりは強いので、さほど変わりはありません。AI同士が戦う大会が時々あり、その中で上位に入っているソフトを使ったりしています。

 私の場合、AIは主に序盤の研究に使うことがほとんどです。自分が対局したものをAIにかけて評価値を見ることはもちろんありますが、そこはあくまでひとつの参考意見程度に捉えています。

 AIははっきり数値を出してくるので、自分の中でプラスになると思ったことを取り入れたり、ひとつの指標として見たりはしていますが、それよりも、自分が戦っている途中に考えていた「感覚」を大切にしています。

 そもそもAIが示す手に全く思い至ってなかったらある程度仕方がないと思いますし、自分の感覚ではそうは思わないなとか、決して打てないということもよくあるので、AIに頼り過ぎるのはどうかと。