つい番組にくぎ付けになるのが人の子だが・・・

 一見無意味な放送回が実は重大な真実を伝えている、ということも時折ある。

 トランプがカナダを併合すると脅した時には、米国が最も親しい友好国にも食ってかかるとするなら、どの同盟関係も切り捨て可能だというメッセージが込められていた。

 ボストン大学のブルック・ニコルズの推計によれば、トランプによって米国からの援助がカットされたために命を落とした人の数は、全世界の合計でこれまでに30万人を超えている。

 由々しい事態であることは明らかだが、トランプの番組では流れない。トランプも大半の視聴者も、この話は娯楽として不十分だと考えているようだ。

 トランプの見世物に心を奪われてしまうのは、視聴者も人の子だからだ。

 同様に、スペイン王フェリペ2世(1527~98年)と同じ時代を生きた人々は「その感覚が正しいかどうかはともかく、自分たちは壮大なドラマに、それもとりわけ自分と直接関係があるとみなすドラマに参加していると感じていた。もしかしたら、いや恐らくは、彼らは勘違いをしていた。だが、この勘違い――自分は全体の見せ場の目撃者なのだという感覚――は、彼らの人生に意味を与える一助になった」とブローデルは書いている。

勘違いを自覚し、本当に重要なことは何か問う

 それでも、我々は自分たちが勘違いをしていることを自覚すべきだ。

 自分の目をトランプから引きはがし、アナール学派の歴史学者がやるように、「後々重要な意味を持つことが何か起きていないか」と問わねばならない。

 この学派は、歴史の記述に気候を持ち込んだ。

 気候変動も、ほとんどの視聴者にとっては直接関係のない話題だが、この学派の学者たちなら恐らく関心を示しただろう。

 人工知能(AI)の出現にも、出生率が低下している中国や日本、大半の東欧諸国では2100年までに人口が――14世紀の欧州が黒死病に見舞われた時以来の規模で――激減すると予想されることにも同様に引きつけられただろう。

 対照的に、トランプのショーを見てかなりの時間を無駄にするようなことはしなかったのではないか、と筆者は思う。

 ブローデルは「現存するどんな文明からでもホコリのようにもうもうと立ちのぼる些事や日常の出来事の山」があると記していた。

(文中敬称略)

By Simon Kuper
 
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