入学機会の不公平さに不満も
トランプ大統領対ハーバード大の対立は各方面に波紋を広げています。
社会に貢献する人材を育てるために、政府が大学に補助金を交付する――。先進国に共通するこの方針には、米国でも党派を超えた合意がありました。ところが、トランプ氏は従来の方針を一転。政権の意に沿わない大学には、公的支援を与えないとしているわけです。
留学生受け入れプログラムなどをめぐるハーバード大の裁判で、仮にトランプ政権側が勝てば、政権側は大学への政治介入を一段と強化するのではないか、との懸念も急速に拡大しています。ハーバード大という一大学の問題にとどまらず、各地の大学や米国の教育界全体を揺るがしかねない問題なのです。
一方では、トランプ氏の強硬姿勢を支える要素も浮き彫りになってきました。
米国では、名門大学ほど学費は高騰しています。ハーバード大の学生が1年間に支払う学費、生活費は約8万7000ドル(約1250万円)。同大のマイケル・サンデル教授は著書『実力も運のうち』で、アイビーリーグの学生の3分の2が所得規模で上位20%の家庭の出身であるとして、入学機会の不平等さを指摘しました。トランプ政権の強硬姿勢は、こうした現状に対する国民の不満に乗じた側面があると言えるでしょう。
ルビオ国務長官は5月下旬、世界各国の米国大使館に対し、米国の大学に留学する学生のビザ取得に向けた面接を中止するよう指示しました。他方、中国や日本などの一部大学は在留資格が切れた米国への留学生を代わりに受け入れると表明しています。
それでも、“留学生の追い出し”が全米に拡大するような事態が起きれば、科学・研究の分野では大混乱が起きるでしょう。自らもハーバード大への留学経験がある林芳正官房長官は「日本人学生への影響を抑えるべく米国側に働きかける」と懸念を示しました。
科学大国・米国における政権と大学の対立は、どの国の学生でも米国で学ぶ機会を得られるという「学問の自由」の脆さも見せつけながら、さらに混迷を深めそうです。
西村 卓也(にしむら・たくや)
フリーランス記者。札幌市出身。早稲田大学卒業後、北海道新聞社へ。首相官邸キャップ、米ワシントン支局長、論説主幹などを歴任し、2023年からフリー。日本外国特派員協会会員。ワシントンの日本関連リサーチセンター“Asia Policy Point”シニアフェロー。「日本のいま」を世界に紹介するニュース&コメンタリー「J Update」(英文)を更新中。
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