国民皆保険、日本社会の大きな願いだったが

 健康保険の仕組みがスタートしたのは、敗戦の混乱が続いていた1947年のことです。それから10年余りの年月をかけ、1961年に国民皆保険が実現しました。

 1950年代の医療環境は相当に劣悪だったようで、1956年の厚生白書(現・厚生労働白書)には「1000万人近くの低所得者層が復興の背後に取り残されている」と記されています。日本医師会によると、この頃までは国民の3分の1にあたる約3000万人が公的医療保険に未加入で、医療を受けられずに亡くなる人が大勢いました。国民皆保険の達成は、日本社会の大きな課題であり、願いだったのです。

 国民皆保険はその後、世界に誇る社会保障制度となり、日本の労働者に安心して働ける環境を提供してきました。ところが、保険料率自体は上昇を続けます。厚生労働省の資料によると、国民皆保険がスタートする直前の1960年は6.3%でしたが、1967年には7.0%に。1980年には8.0%に達し、2010年には8.20%から一気に9.34%に引き上げられました。

 これに歩調を合わせて厚生年金保険の保険料も上昇。現在は18.30%という高い料率で固定されています。さらに2000年からは新たに介護保険制度もスタートし、1.82%の保険料率が適用されています。

 健康保険・厚生年金保険・介護保険の平均保険料率を合計すると、2023年度で30.12%にもなります。折半後の従業員負担は15.06%。所得税や地方税のほかに、額面(標準報酬月額)の15%ほどが社会保険料として差し引かれていくわけです。国税庁の民間給与実態統計調査(2023年)によると、給与所得者1人あたりの平均年収は460万円ですから、その金額にこれら3つの保険料率を乗じると、約69万円になります。単純に言えば、平均的な日本人は税金のほかに毎年約70万円を社会保険のために拠出していることになるのです。

 保険料の上昇によって健康保険組合が維持できなくなり、解散するケースも相次いでいます。主に企業単位の健康保険組合が解散すると、従業員の健康保険は「協会けんぽ」に移行します。協会けんぽには現在も約1兆2000億円の公費が投入されており、組合の解散が増加すると、この公費負担も増大しかねません。

 高齢者の増加はこれからも続きます。医療費の増大をどう抑制するか、現役世代の負担をどう抑制するか。2000年代に入ってずっと議論されている社会の大課題は、今も根本的な解決策を見いだせないままです。

フロントラインプレス
「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」を掲げる取材記者グループ(代表=高田昌幸・東京都市大学メディア情報学部教授)。2019年に合同会社を設立し、正式に発足。調査報道や手触り感のあるルポを軸に、新しいかたちでニュースを世に送り出す。取材記者や写真家、研究者ら約30人が参加。調査報道については主に「スローニュース」で、ルポや深掘り記事は主に「Yahoo!ニュース オリジナル特集」で発表。その他、東洋経済オンラインなど国内主要メディアでも記事を発表している。