
(髙城 千昭:TBS『世界遺産』元ディレクター・プロデューサー)
一生に一度は訪れたいと願う巡礼の聖地
1年が13カ月の国がある。アフリカ大地溝帯が南北に走り、国土の4分の1は標高2000mを超えるエチオピアだ。アラビカ種と呼ばれるコーヒー発祥の地としても知られている。この国では1~12月まで毎月30日で、残りの5日(閏年は6日)が13月になる。そして、クリスマスは1月7日……東方三博士がイエス・キリストの誕生を祝い、礼拝した日を採用したからだという。
エチオピアには、モーゼの十戒を刻んだ石板を納めた「契約のアーク(聖櫃)」があると信じられている。紀元1世紀に遡る王国の都だったアクスムの「シオンの聖マリア教会」に、本物が厳重に保管されているらしいが、完全非公開で修道士さえ目にしたことがない。だからといって、それはアークの不在を意味しない。
非公開の仏は日本にもある。法隆寺・夢殿の救世観音は、誰も見ることが許されない絶対秘仏だった。しかし、明治時代にフェノロサが、祟りを怖れる僧侶を尻目に開扉すると、白い布でグルグル巻きにされた仏像が厨子から現れたのだ。
アーク信仰を裏付けるかのように、エチオピアでは各教会の内陣奥深くに「タボット」と名付けられた“聖櫃のレプリカ”が、金襴の錦にくるまれ安置されている。それが年に一度1月19日に司祭の頭上に掲げられて広場に持ち出されるのが、ティムカット(キリストの洗礼を記念する祭。毎年1月18日〜20日に開催)である。女性たちが「ルゥ・ル・ルルル…」と甲高い裏声を発し、ラッパ音が天にとどろく中、赤いラインの白装束に身を包んだ司祭たちの行列がつづく。彼らは所々で、古楽器シストラムを振り、もの悲しい聖歌を奏でてゆく。
エチオピアのキリスト教徒がティムカットの時に、一生に一度は訪れたいと願う聖地が、世界遺産「ラリベラの岩窟教会群」(登録1978年、文化遺産)である。巡礼者は全土から山道を歩き、野宿を重ねながらラリベラを目指す。その数は、毎年5~6万人にも上るらしい。ティムカットの間、岩窟教会の周りは雑魚寝する人々で埋め尽くされる。司祭が十字架で祝福した池の水を浴びれば、罪は清められ生まれ変われるのだ。