「迅速」「正確」の二律背反
「発射!」「発射、発射!」
4月4日昼、首相官邸内の危機管理センターが騒然となった。午後12時16分、政府が「先ほど北朝鮮から飛翔体が発射されたもよう」といち早く発表すると、報道機関は一斉に速報を流した。
しかし、わずか5分後に「先ほどの情報は誤りです」と訂正発表。「えーっ?」「なにーっ!」。土曜日夕刊の締め切りが迫っていたから、報道現場は騒然。政府が前代未聞の大失態を犯し、各メディアは想定外の情報収集と記事の処理に大わらわとなった。
「誤発表」の原因は、防衛省担当者の「勘違い」という人為的な伝達ミスによるもの。防衛省によると、米軍の早期警戒衛星による飛翔体の探知情報を確認していないのに、航空自衛隊レーダー(千葉県旭市)が「ミサイルの航跡らしい情報」をとらえたため、航空総隊司令部(東京都府中市)担当者がスパークインフォメーション(探知)情報とは別に、「SEW(早期警戒情報)入感!」と日常訓練通り、条件反射的に付け加えて防衛省中央指揮所に連絡してしまった。政府筋が「『迅速に』とプレッシャーを与え過ぎてしまったか」と悔やんでも、後の祭りだ。
「迅速」と「正確」は、メディアの世界でも二律背反するテーマ。どちらか一方を重視すれば、片方が疎かになりがちだ。今回は、正確が置き去りにされた典型と言ってよい。ただ、正確性ばかりを追求すると、迅速さに欠けてしまう。選挙報道を考えると、分かりやすいだろう。迅速かつ正確な情報伝達が簡単なように見え、実際はいかに難しいか。今回の政府の失敗を、報道人は「他山の石」としたい。
「誤発表」に気付くのが、あと数分遅れたら・・・。麻生は記者団を前にして、北朝鮮がミサイルを発射していないのに、同国を非難・抗議する声明を発表していたかもしれない。最悪の事態を回避できたことが、麻生にとっては救いとなった。
官房長官「今度は大丈夫か?」
翌5日午前11時半頃、「本当に」北朝鮮が飛翔体を発射した。「発射!」と首相官邸の危機管理センター内に情報が入ると、再び「発射、発射」の連呼。「今度は大丈夫か」とセンター内にいた官房長官・河村建夫が念を押すと、担当者は「大丈夫です」と自信を持って返答した。記者会見に臨む河村に対し、麻生は「こういう時は歯切れよく、要領よく、パッパッと会見やれよ」とアドバイスしていた。
米国は北朝鮮が長距離弾道ミサイル「テポドン2」を発射したと断定。北朝鮮が主張する「人工衛星」は軌道に乗らず、「失敗」との見方を示した。
発射後の情報連絡はスムーズだった。太平洋上に着水したとみられる2段目の落下物をめぐり、河村と防衛省の発表が食い違う場面はあったものの、まずは無難に対応できたと政府関係者は胸を撫で下ろした。
「発射後の対応はうまくいったと思う。あらゆるシミュレーションを想定して、何度も何度も練習しましたからね。4日の防衛省の人為的ミスは残念だったが、ああいう『実戦』での経験は初めてだったのでやむを得ないでしょう」。外務省のある幹部はこう自賛している。
麻生にとって幸いだったのは、結果として日本の領土・領海内に何ら被害がなかったこと。日本へのミサイル落下物の可能性はほとんどないと予想されていたが、政府は万一の事態に備えた。ミサイル防衛(MD)による迎撃態勢を取り、イージス艦2隻を日本海に、地上配備の地対空誘導弾パトリオットミサイル(PAC3)を秋田、岩手両県などに展開した。
しかし、もし落下物があっても、迎撃は失敗したのではないか。制御不能に陥ったミサイルの落下物が、どこに落ちるか分からず、少数のPAC3で迎撃するのは至難の業だ。これは、複数の政府・自衛隊関係者が認めている。
