同11月には、翌年3月から中部マンハイムなどで開催が予定されていた「現代写真ビエンナーレ」のキャンセルも発表された。同イベントのキュレーターでバングラデシュ人フォトジャーナリスト・人権活動家のシャヒドゥル・アラムがフェイスブック上で「イスラエルによるガザでのジェノサイド」を批判していたためである。

 2019年にグラミー賞を受賞した、米国人パフォーマンス・アーティストで音楽家のローリー・アンダーソンは、今年1月、西部エッセンのフォルクヴァング芸術大学の名誉教授職を辞退した。やはり彼女がパレスチナに連帯を示し、「アパルトヘイトに反対する公開書簡」にサインしていたことを、大学側が問題視したのだ。

 イスラエル批判がタブーとされる現在のドイツでは、アーティストは作品そのものの評価以上に、政治的志向が重視される状況になっている。イスラエルを批判していないか、ハマスによるテロ攻撃をレジスタンス活動と評価していないかなど、ソーシャルメディアでの投稿やシェアを含め、それまでの発言や署名などをすべて確認されるのだ。

「名前からしてアラブ系と思われるアーティストは、それだけで反ユダヤ主義者である可能性があると判断され、多くの組織や芸術機関からはじかれているようだ」。多数のアーティストと関わってきたソフィアはそう言う。

「反ユダヤ主義」だとして資金提供を止められた

 これまでドイツでは潤沢な公的文化資金が多様なプロジェクトや施設に付与され、比較的自由に多様な文化活動が行われてきた。しかし、公的資金の提供に際しても、「反ユダヤ主義」でないことが条件とされるようになりつつある。

 ベルリンでは、昨年11月、パレスチナに連帯する反シオニストユダヤ人団体「中東における公正な平和のためのユダヤ人の声」による、中東の平和を願うイベントが開催された。それをホストしたことで、脱植民地、移民、クイアなど、オルタナティブな視点を提供する文化施設「オユーン」は、「反ユダヤ主義」だとして、直後に市政府からの資金提供を止められた。それ以降、同施設は、クラウドファンディングで集めた資金での運営を強いられている。

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 また、ベルリン市は今年1月、文化分野の助成金申請に際し、国際ホロコースト記憶同盟(IHRA)が提示する反ユダヤ主義の定義に従うことを求める条項を導入しようとした。IHRAの定義は「現代のイスラエルの政策をナチスのそれと比較すること」や、「イスラエル国家の存在は人種差別的な試みであると主張するなどして、ユダヤ人の自決権を否定すること」を反ユダヤ主義の例として挙げている。

 この曖昧な定義は、イスラエル国家に対する政治的批判と、ユダヤ人に対する差別を分けにくいとして、ユダヤ人学者や人権団体など専門家からの批判が多い。そんなIHRA定義への同意を強制しようとするベルリン政府に対し、表現の自由の制限であるとして大きな抗議が起こったため、同案は取り下げられた。

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