もはや涙なしには読めなさそうな『枕草子』
渦中の高畑充希演じる藤原定子は、我が身に降りかかった悲劇に憔悴しながらも、ファーストサマーウイカ演じるききょう(清少納言)の前で、笑みをこぼすほどに心身を回復させていた。
定子は、ききょうが書いた『枕草子』の中で、次の一節がお気に入りだったらしい。
「鶏の雛の、足高に白うをかしげに、衣みじかなるさまして、ひよひよとかしかましう鳴きて、人の後・前に立ちて歩くも、をかし。また、親の、ともに連れて立ちて走るも、皆うつくし」
第146段の「うつくしきもの」の一節だ。ドラマではこの現代語訳として次のように読み上げた。
「鶏のひなが足が長い感じで、白くかわいらしくて、着物を短く着たような格好をして、ぴよぴよとにぎやかに鳴いて、人の後ろや、先に立って付いて歩くのも愛らしい。また親がともに連れだって走るのも、みなかわいらしい」
定子が「姿が見えるようね、さすがである」と声をかけると、ききょうは「お恥ずかしゅうございます」と恐縮している。
2人は出会ったばかりのことを思い出して、懐かしそうに振り返った。ききょうが初出仕を振り返って「目がくらむほどでございました」と言ったのは、『枕草子』の次の一節からだ。几帳の後ろから定子を見て、清少納言はこんな感想を抱いたという。
「かかる人こそは、世におはしましけれ」
(こうした方が世の中にはいらっしゃるのだなあ)
ドラマで定子は「あの頃が、そなたの心の中で生き生きと残っているのであれば、私もうれしい」と述べている。
『枕草子』では、宮中でのさまざまな出来事がつづられているが、どれも気持ちがほのぼのとしたり、思わず吹き出してしまったりするような楽しい話ばかり。
定子の身に起きた悲劇については、一切触れられていない。そのため、清少納言は、定子を勇気づけるために書いたのではないかと推測されている。成立年は不明だが、ドラマでは「定子が出家したのをきっかけに書いた」とすることで、その執筆動機をより際立たせることに成功している。
今回の放送で、定子は「そなたが御簾の下から差し入れてくれる、日々のこの楽しみ(書き物)がなければ、私はこの子と共に死んでいたであろう」とまで言っている。
そして、ききょうをそばに呼ぶと「ありがとう」とお礼を伝えて、「この子がここまで育ったのは、そなたのおかげである」という言葉をかけている。ききょうは「もったいないお言葉」と感激した。
改めて前述した定子のお気に入りの『枕草子』での一節を読み返すと、「かわいいひな」の様子を描くことで、定子の気持ちを生まれてくるわが子に向けさせていることが分かる。
書き物によって定子を勇気付けた、ききょう。『枕草子』の目的は、見事に果たせたと言えるだろう。