(写真:beauty_box/イメージマート)
  • コアネット教育総合研究所によると、2024年の首都圏中学受験者数は6万5600人で9年ぶりに減少したが、受験率は22.7%で過去最高となった。
  • 中学受験熱の高まりを受けて加速しているのが「受験勉強の低年齢化」だ。一般的に受験に向けて本格的に勉強を開始するのは小学校4年生からだが、中にはライバルに差をつけるべく、未就学児に対して学習プログラムを用意する塾もある。
  • 保育・教育学が専門の東京大学名誉教授・汐見稔幸氏は1993年に『このままでいいのか、超早期教育』を上梓するなど、未就学児に対する詰め込み教育に警鐘を鳴らしてきた。汐見氏に早期教育の歴史とあるべき姿について聞いた。

(湯浅 大輝:フリージャーナリスト)

感情が発達しなければ知識は身につかない

──中学受験熱が高まる中、受験勉強の開始時期も早期化しています。高偏差値の中高一貫校の合格者数は決まっているわけですから、「早め早めに勉強してライバルと差をつけたい」と願う親の気持ちは理解できますが、その弊害もあるのではないでしょうか。

汐見稔幸・東京大学名誉教授(以下、敬称略):「知識の詰め込み」に特化した早期教育は、子どもの人格形成に多大な悪影響を及ぼす、ということは既に明らかになっています。

「漢字を覚える」「九九の計算ができる」「英単語を理解できる」、こうした能力は脳の外側にある「大脳皮質(前頭葉を含む)」が司っています。大雑把に言うと、大脳皮質は文明社会で生きていくために必要なスキル──計画を立てるとか、他人とうまくコミュニケーションを取るとか──を活用するために存在しているのです。

 知識の詰め込みはこの大脳皮質に情報という刺激を与えて行います。ただ、大脳皮質より内側にある「大脳辺縁系」という、喜怒哀楽の感情を司る部分との連携がうまく取れていないと、短期的な記憶しかできなくなるのです。

汐見 稔幸(しおみ・としゆき) 東京大学名誉教授
専門は教育学、教育人間学、保育学、育児学。初代イクメン。父親の育児参加を呼びかけている「父子手帳」の著者。時おりダジャレを交えたユーモラスでわかりやすい語り口の講演は定評がある。保育者による本音の交流雑誌『エデュカーレ』編集長や持続可能性をキーワードとする保育者のための学びの場『ぐうたら村』の村長でもある。NHK E-テレ『すくすく子育て』などメディアへの出演多数。

 大脳辺縁系は、小さい頃に親の愛情と信頼を受けることで育っていきます。「知識を詰め込む」だけの早期教育の問題点は、大脳皮質と大脳辺縁系の連携がうまく取れていないうちに前者だけに過度の刺激を与えてしまうことで、長期記憶に結びつかないところにあります。

 平たく言えば「この英単語を覚えなさい!」と無理強いしても「英単語が理解できてうれしい」という感情が発達していない段階では、長期的に英単語を覚えることができないのです。