歌手引退宣言
歌手・笠置シヅ子の認知度が今一つである一因として、早期の歌手引退があるでしょう。笠置が歌手を引退したのは昭和32年(1957)、43歳のときでした。
歌手引退後は、女優として舞台や銀幕で活躍、ちょうどテレビジョンが普及し始めた時期でもあり、テレビドラマの脇役やカネヨンのCMで気の良さそうな関西のおばちゃんとして登場しますが、歌手としての仕事を行なうことは一切ありませんでした。
「歌手引退」という一度決めた約束を律義に守り、その後、「思い出のメロディー」のような懐メロ番組にもまったく出演しなかったため、大スターだったにもかかわらず、笠置の歌う映像はあまり残っていません。
ユーチューブで見られる映像も引退前の映画や舞台で歌っているシーン程度で、さほど多くありません。だからこそ、あの時代の「ブギの女王」の存在を忘れないためにも、私たちはブギウギソングの数々をいつまでも忘れずに歌い継いでいかなくてはならないと思うのです。
とびきり明るい歌の陰に隠れてしまいそうな笠置の悲哀、そして私たちの両親や祖父母たちが生きた戦禍の日々、敗戦によって米国に占領されていた時代を忘れないためにも──。
私のような昭和20年代生まれの者にとって笠置シヅ子といえば、人の良さそうなたれ目のおばちゃんというイメージが思い浮かびます。それは、過去の映像が容易に見られる今の時代とは異なり、子供の頃に見たモノクロ時代のテレビに出てくるおばちゃん姿くらいしか記憶に残っていないからでしょう。
そんな中でも印象深いのは、昭和41年(1966)からTBSテレビで始まった『家族そろって歌合戦』の審査員役としての笠置の姿です。
あまり家族愛に恵まれたとは言えない笠置だっただけに、番組に出演する一般視聴者家族を見つめる姿とそのコメントには、家族というものに対する深い思いがあったのではないか、と今になって想像します。
笠置は番組開始から14年後の番組終了まで審査員を務め、それから5年後の昭和60年3月30日、卵巣がんのため亡くなります。享年70。葬儀委員長は盟友、服部良一が務めました。
今回ご紹介した楽曲のうち、朝ドラ『ブギウギ』ではどの程度流れてくるのかはわかりませんが、歌って踊れるアイドルグループだったキャンディーズの伊藤蘭の娘、趣里が笠置をどのように演じ、歌い、踊ってくれるのか、服部の孫、服部隆之が担当する音楽とともに、今から心ズキズキ、ウキウキ、ワクワクしながら待つことにいたしましょう。
(参考)『ブギの女王 笠置シヅ子』(砂古口早苗、現代書館)
(編集協力:春燈社 小西眞由美)