日本植物学の父・牧野冨太郎をモデルとした、NHKの連続テレビ小説『らんまん』も、最終回を迎えた。神木隆之介演じる主人公・槙野万太郎や、万太郎の妻・浜辺美波演じる槙野寿恵子のみならず、脇を固めた登場人物も大変に魅力的で、彼らの背景や、その後も気になるのではないだろうか。そこで今回は、前原滉演じた波多野泰久、亀田佳明演じる野宮朔太郎、中田青渚が演じる田邊聡子をご紹介したい。
文=鷹橋 忍
波多野泰久のモデル? 池野成一郎
●孫は、映画音楽を手がけた作曲家
前原滉が演じた波多野泰久のモデルの一人と思われるのが、植物学者の池野成一郎である。
妻の幾玖(きく)は、植物学教室の松村任三教授の妹である。松村は、田中哲司が演じる徳永政市のモデルと思われる。
池野の孫・池野成は、山本薩夫監督の『白い巨塔』や黒田義之監督の『妖怪大戦争』など、数多くの映画作品に携わり、楽曲を手がけた作曲家だ。
●ソテツの精子の発見者
池野は江戸時代の慶応2年(1866)年に、神田駿河台(東京都千代田区)の旗本家に生まれた。
文久2年(1862)生まれの冨太郎より、4歳年下である。
東京開成学校、大学予備門を経て、明治23年(1890)、帝国大学理科大学植物学科を卒業。翌明治24年(1891)年、帝国大学農科大学助教授となった。
池野は農科大学の助教授となってからも、よく植物学教室を訪れていた。
画工から植物学教室の助手となった平瀬作五郎が進めていたイチョウの受精についての研究に力を貸していたのは、この頃だったという。
平瀬作五郎に関しては、後述する。
明治29年(1896)、平瀬がイチョウの精子を発見し、その二ヶ月後に、池野もソテツの精子を発見する。池野と平瀬はのちに、この発見により恩賜賞を授与されることになるが、これも後に述べよう。
池野は明治39年(1906)、ドイツ、フランスに留学する。
明治42年(1909)に帰国し、東京帝国大学農科大学(明治30年に、帝国大学から東京帝国大学に改称)の教授となった。
●牧野冨太郎の親友
富太郎曰く、池野は大変に頭がよく、語学の天才だった。特にフランス語に、堪能だった。
池野は富太郎に対して最初から親切で、富太郎も池野に誰よりも親しみを感じていたという。冨太郎は池野を、「親友」と称している。
矢田部教授の圧迫を受けたときも池野は富太郎に手を差し伸べ、ロシアの植物学者マクシモヴィッチ博士のもとへ行く計画が頓挫したときも、肩を叩いて励ましたという。
富太郎は、池野との友情は生涯、忘れられないものだったと、自叙伝に綴っている。
池野は年上の富太郎より早く、昭和18年(1943)10月4日、77歳で亡くなった。