NHK朝の連続テレビ小説『らんまん』の主人公・槙野万太郎は、世界的な植物学者・牧野富太郎博士をモデルにしているのは、周知のとおり。槙野万太郎は、幼少期を演じた森優理斗、少年期を演じた小林優仁、そして、青年期を演じる神木隆之介と、それぞれの俳優の好演もあり、聡く優しく、純粋に植物を愛する、大変に魅力的な青年であるが、万太郎のモデルである牧野富太郎とはどんな人物なのでしょうか。『牧野富太郎・植物を友として生きる』(PHP文庫)を上梓した鷹橋忍さんが、牧野富太郎の生涯を語ります。

文=鷹橋 忍 

小石川植物園 日本庭園 写真=アフロ

初めての上京

 明治14年(1881)4月、19歳の牧野富太郎は、初めての上京をすることとなった。

 ドラマでは、内国勧業博覧会に峰屋の酒「峰乃月」を出品するのが、東京に行く口実であった。

 しかし、富太郎の自叙伝を読む限り、そういった類いの任務を託された様子はなく、顕微鏡など植物研究のための買い物と内国勧業博覧会の見物、後述する博物局の訪問が、上京の主な目的だったと思われる。

 旅費や買い物のための資金は、祖母の浪子(ドラマでは、松坂慶子が演じる槙野タキ)が用意した。

 ドラマでは志尊淳演じる井上竹雄が同行したが、富太郎は以前に岸屋の番頭を務めていた佐枝竹蔵の息子・熊吉と、会計係の「実直な男」と三人で東京へ向かったと記している。

 佐枝竹蔵は第1回で紹介した、幼い富太郎に時計を分解された番頭である。

 竹蔵は富太郎の祖父や父らが亡くなったあと、浪子を支え、岸屋のために尽力していたが、やがて独立して酒屋を営むようになった。

 そのため岸屋の番頭は、井上和之助という男性に替わっている。

 この井上和之助はのちに、富太郎から岸屋を譲られることになるが、それはもっと先の話である。

 ドラマの井上竹雄は、佐枝熊吉と井上和之助の両方を、モデルにしているのかもしれない。

 会計係の「実直な男」に関しては、富太郎は自叙伝でその名を明らかにしていない。

 富太郎いわく、この時代に佐川から東京へ行くのは、海外へ行くのと同じであった。

 富太郎ら一行は、まさに海外に旅立つような送別を受け、同年四月半ば、東京へと出発した。