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福島第一原発の汚染水流出で漁業者たちの追及を受ける東京電力、経産省の対策説明会=2013年9月3日、相馬市松川浦(筆者撮影)

(文:寺島英弥)

東電福島第一原発の「処理水」放出開始から2週間あまり。政府の強引な決定や中国からの反発など逆風を受けながらも、現地の漁業従事者たちは前を向いている。

 東京電力福島第一原発の構内で生じる汚染水の「処理水」(ALPS処理水・処理途上分も含めタンクに約134万トン)の海洋放出が8月24日に始まった。東電が「30年程度」という間、海水で希釈して福島県浜通りの原発沖に流し続ける。放出後の監視検査で海水、魚ともトリチウム濃度は「検出限界値(1リットル当たり10ベクレル程度)未満」で推移しているが、放出に反対する中国による日本の水産物輸入禁止が国内に影響を広げ、「風評」の実害も報じられている。福島県浜通り・相馬の漁協組合長は「問題を何年も先延ばしにし、最後も当事者を置き去りにした」と国の姿勢を憤りながら、世代を超えた新たな重荷を背負う覚悟で向き合う。何が問題だったのか? 震災復興もいまだ遠い被災地の浜から報告する。

中国の全面禁輸を「想定していなかった」

「驚いている。(全国とは)全く想定していなかった」。処理水放出を理由に、日本の水産物の輸入を全面的に停止する――との中国の税関当局の発表(8月24日)を受けて翌日、野村哲郎農相が閣議後記者会見でこう述べ、毎日新聞などが報じた。中国は2011年の東日本大震災、原発事故の後、被災地である福島と宮城両県を含む東日本10都県の農林水産物輸入を全面停止しており、その対象地域を日本中に拡大した形だ。

 中国政府は7月上旬から日本から入る水産物の全量調査(放射性物質検査)を始め、これによって輸出は滞り、日本からの生鮮魚輸入が前月比で半減するなど、既に実質禁輸状態だった。その強硬姿勢が「放出開始」でさらにエスカレートすることは目に見えていた。

 8月3日の河北新報は、東北のホタテ産地、青森県の二木春美漁業協同組合連合会会長が西村康稔経済産業相を訪ねて放出の計画延期を求めた――との記事で〈放出前にもかかわらず、既に中国や香港に輸出できない状況だ。今放出すれば、事態は一気に悪化する〉との懸念を報じた今月3日の同紙はさらに、同県内のホタテ加工業者たちが宮下宗一郎知事に「かつてない苦境」を訴え、ある業者は既に100トンの対中国輸出を断念した事態を伝えた。

 ホタテを例に取れば、函館税関の発表で7月の北海道から中国への水産物輸出は半減(大半がホタテとみられる)。放出前に取材した宮城県石巻市の養殖漁業者も、「処理水の風評でホタテの相場が1キロ当たり600円から400円に下落する実害が生じており、輸出先を失った大産地のホタテが国内に出回れば、さらに値崩れが進む。秋に出荷を控えるカキやワカメにも影響は広がりかねない」と語り、三陸など復興途上の被災地への打撃を案じた。

 農相の地元、鹿児島県からも中国へ輸出してきたブリなどの先行きを危ぶむ声が報じられ(8月25日の南日本新聞など)、「驚き」「想定外」はあまりにお粗末ではなかったか(注・また帝国データバンクは同25日、影響は中国への食品関連輸出企業727社に及ぶ可能性あり――との調査結果を発表した)。

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