(城郭・戦国史研究家:西股 総生)
長い年月を隔てた過去との対話
大河ドラマで題材とされるできごとは、今から何百年も前に、たった一回だけ起きたものです。それらのできごとの痕跡は、古い紙に書かれて残っているか、遺跡として土に埋もれているか、です。
したがって、現代のわれわれが意識して文書や記録を読んだり、遺跡を掘り起こしたりしなければ、それらの痕跡が立ち現れることはありません。つまり、現代のわれわれが問いかけることによって、過去ははじめて「歴史」となるのです。
少し抽象的ないい方をしますが、ここが大事なところです。
歴史を考える、歴史に学ぶことを、仮に「歴史的思考」と呼ぶとしましょう。歴史的思考とは、長い年月を隔てた過去との対話です。と同時に、ものごとの相関関係を時間軸に沿って、長いスパンで見つめる思考法です。その意味では、「歴史的思考」は後ろ向きの思考法です。
現代社会は日進月歩。われわれは、時代に取り残されないことや、先を読むことを常に求められます。そのゆえ、前向きのポジティブな思考が尊ばれがちです。そんな現代に、後ろ向きの思考法は意味があるのでしょうか?
ここは、一人一人の考え方次第になると思います。時流に乗り、常に先を読むためには、前向きでポジティブな考え方をしなければいけない。後ろ向きの思考なんて、百害あって一利なし、というのもよいでしょう。僕は、否定はしません。
けれども、ものごとの相関関係を時間軸に沿って長いスパンで見つめる思考法は、短絡的ではない大局的・俯瞰的なものの見方・考え方を養います。すぐれた戦略家たちが、歴史的素養を重んずるのも、このためです。
「歴史に学ぶ」というとよく、歴史上の人物をとりあげて、「戦国武将の誰それに学ぶ人心掌握術」とか、歴史上の事件を題材に「何々合戦に見るイノベーション」のような話が出てきます。でも、僕はそれでは「歴史的思考」にならないと思っています。
前回述べたように、何百年も前の人たちは、現代のわれわれとは価値観や行動原理が違っているからです。歴史的事件にしても、社会構造などの前提が現代とはまるで違います。
「歴史的思考」とは、ものごとの相関関係を時間軸に沿って長いスパンで見つめる思考法です。それは、さまざまな歴史に触れることによって少しずつ培われるもの。今の自分の仕事に応用しよう、などという短絡的・ご都合主義的発想とは対極にあるものです。
そんに悠長なもの、必要ない。身につけるべきは、前向きのポジティブシンキングであって、歴史はエンタテインメントとして楽しむネタでよい、と考えるか。いや、日進月歩の社会で、先を読むことを求められるからこそ、俯瞰的・戦略的思考が武器になる、と考えるか。それは、あなたの自由です。
ただ、もし、あなたが俯瞰的・戦略的思考を身につけたいと思うなら、歴史に学ぶ価値はあります。そして、あなたはいま「歴史的思考」の入り口に立っています。なぜならあなたは、一年通して『鎌倉殿の13人』を楽しむことで、800年も前のできごとと息の長い対話しつづけてきたのですから。
連載「鎌倉殿の時代」、一年間ご愛読ありがとうございました。最終回の内容に興味のある方は、拙著『戦国武将の現場感覚』(KAWADE夢文庫)をご一読下さい。きっと、参考になると思います。