スーク・ワキーフは色とりどりの国旗で揺れていた。
ドーハ中心部にあるこの巨大なスーク(市場)は街の観光スポットでもあり、世界中からワールドカップ観戦に訪れた人々がそぞろ歩いている。
アラブの商人たちが店をかまえる市は人を引きつける妖艶な魅力を放っていて、中心部は砂埃舞う白い壁が続いている。
世間話とびかう茶屋の店先は男たちの社交場だ。小鳥売りの屋台で、鮮やかな空色の鳥たちがこちらを眺めていた。
スパイスの香りにつられて歩をすすめると、白壁の間に細い道が続いていた。先は細くなっていて、人が通れるかどうかやっとというところだ。そんな白の小道の途中に、緑色のユニフォームを着た中年のメキシコ人がいた。
「日本はすごかった。ドイツに勝つなんて」
サッカーの祭典におけるメキシコ人のほとんどがそうであるように、彼もからりと陽気で、昔からの知りあいかのような気軽さで話しかけてくる。
日本はすごかった。それにしてもよくやったな、ドイツに勝つなんて。
ヘススというその男がそう言って立てた、太く陽に焼けた親指が記憶に残っている。白壁の縁に腰かけ、彼はしばらくの間話を続けた。スークの一角に、メキシコなまりのスペイン語が響く。