(文:泰 梨沙子)
原点には東日本大震災時の津波被害。「水に浮く車があれば、助かる命があった」との想いで日系ベンチャーが開発したユニークなEVが、世界的な異常気象の影響から水害が深刻化するタイでニーズを掴んでいる。中国でのOEM生産も準備中、将来は中国と東南アジアのほか中南米への進出も目指す。
タイで日系ベンチャーが生産・販売している4人乗りの超小型電気自動車(EV)「FOMM ONE」が注目を集めている。水害時には水上移動が可能で、洪水の懸念が高まっているタイで引き合いが増えているためだ。今後、FOMM ONEは中国でも生産・販売を始める計画で、アジアのEV市場に攻勢をかける狙いもある。
同車を開発した株式会社FOMM(フォム)は、スズキの元エンジニアで、トヨタ車体でも新型「コムス」の開発に携わった鶴巻日出夫氏が2013年に設立した。2019年3月にタイで生産を開始しており、今年7月から本格的な量産に踏み切った。OEM(相手先ブランドによる生産)を通じ、バンコクの工場で月100台が生産可能という。これまで累計で約440台を販売しており、タイ国内のEV市場(2021年)の7%を占めている。日本でも昨年よりタイから輸入しており、9月半ばまでに約30台を販売した。
タイでは既に災害救助の現場で活用
需要の背景にあるのは世界的な異常気象の影響だ。タイ全土は現在(10月19日時点)雨期終盤だが、降水量は例年以上を記録している。SNSではバンコク中心部など各地の主要道路が冠水する写真や映像とともに、「道路が川になっている」「こんな大雨は過去数年見たことがない」といった投稿が相次いでいる。同社の担当者は、「水害対策に加えて(ロシアによるウクライナ侵攻に伴う)ガソリン代高騰の影響もあり、新車、中古車ともに引き合いが増えている」と話す。
タイの水害は、将来さらに悪化するとも予想され、英字紙バンコクポスト社説は、専門家の予測として、「気候変動に対する大胆な対策が行われない限り、海面上昇と地盤沈下によってバンコクの90%以上が2050年までに水没する」と指摘。
そもそもFOMM ONEは、鶴巻代表取締役が、2011年の東日本大震災時の津波で多くの犠牲者が出たことを受け、「水に浮く車があれば、助かる命があったのではないか」との想いで開発した。自動車市場の成長が見込まれる東南アジア諸国連合(ASEAN)でEVの浸透を図る目的もあり、自動車産業が集積しているタイで生産が開始された。
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