1.ロシアのウクライナ侵攻における悪循環
10月8日にクリミア大橋が爆破され、ロシアはその報復としてウクライナ各地にミサイル攻撃を行い、数十人の一般市民が命を落とした。戦争の無残さを象徴する出来事である。
ロシアの専門家によれば、ウクライナ侵攻が思ったような成果を上げられず、ロシア国内ではウラジーミル・プーチン大統領に対する対外強硬派からの突き上げが厳しくなっているとのこと。
そうした国内事情を背景に、プーチン大統領は9月30日にウクライナ4州(ドネツク州、ルガンスク州、ザポリージャ州、ヘルソン州)の併合を宣言した。
その行動がクリミア大橋の爆破を招き、今回の惨事につながった。
そもそも2月24日のウクライナ侵攻自体がプーチン大統領の判断によって始まり、予想外に長期化したことがウクライナ各地で多くの人命を奪う結果を招いた。
今回の出来事もその延長線上であり、プーチン大統領が下した決定が内政とウクライナ侵攻の悪循環を生んでいる。
2.米中対立の悪循環
深刻化しつつある米中対立においても同様の内政と外交の悪循環が生じている。
ドナルド・トランプ政権は国内政治上の戦略として、前政権の成果を否定することによって米国内の反エスタブリッシュメント層からの支持を取り付けようとした。
米国による対中関与政策は中国経済の自由化と市場化を促し、一定の成果を生んでいたが、トランプ政権はその意義を否定した。
中国を悪魔的存在として位置付け、中国の発展を助けた米国の前政権の政策が間違っていたと主張した。
これが中国の実情を理解していない米国一般庶民と政治家によって信じられ、支持された。米国民が政府のプロパガンダにより扇動され、情緒的な反中に傾いたのである。
これを機にトランプ政権は関税を引き上げ、技術摩擦、投資制限、南シナ海での軍事力拡大批判、香港・新疆ウイグル自治区での人権問題批判、権威主義体制批判など対中強硬策を次々と実行し、米中関係は悪化の一途をたどった。
これらの政策により米国内での反中感情が急速に高まった。
このためジョー・バイデン政権が発足しても、国民の厳しい反中感情を前提に国内政治に配慮した政策運営を実施せざるを得ず、対中強硬路線の基本姿勢は継承された。
バイデン政権下で、投資・技術摩擦、安全保障などの分野における米中対立はますます先鋭化し、ここへきて台湾をめぐる対立が深刻化しつつある。
台湾問題は最悪の場合、米中武力衝突を招くことが懸念されている。
こうした米国側の対中強硬政策のエスカレートに対して、中国側も2010年前後以降に表面化してきた国内のナショナリズムの高揚を背景に、対米強硬姿勢を強めてきた。
「目には目を、歯には歯を」の対応である。国内向けに対外的な弱腰姿勢を見せられないのは米国も中国も同様である。
関税引き上げ、技術摩擦に対しては報復措置を実施したほか、安全保障分野では一段と軍事力を強化、香港では政治活動に対する統制を強めるなど、米国の対中政策に対する対抗姿勢を示し続けてきた。
対米批判を強調する戦狼外交、ロシアに対する外交上の支持、ナンシー・ペロシ下院議長訪台後の台湾周辺における軍事演習強化など、中国側の対応もエスカレートする一方である。
こうした中国の対外強硬路線は米国との対立を一段と激化させたのみならず、トランプ政権時代には良好な関係を保持していた日本と欧州をも離反させる結果を招いた。
以上のような米中対立の経緯を振り返ってみれば、米中両国関係においても、ロシアによるウクライナ侵攻と同様に、米中双方が下した決定が次々と悪循環を引き起こしてきたことが分かる。