(文:樋泉克夫)
ペロシ米下院議長の台湾訪問によって米中関係に緊張が高まっているが、国際社会は激動だ。50年前の「ニクソン・ショック」で米中の急接近に意表を突かれた日本は、その苦い経験から教訓を学ぶ必要がある。
8月1日のシンガポールを皮切りに、マレーシア、台湾、韓国、そして我国を訪問した4泊5日のナンシー・ペロシ米下院議長による「突風」のような歴訪が終わった。ハイライトである台湾訪問をめぐって、我国のメディアでも「習近平政権への痛撃」から「習政権の権力強化に追い風」まで、あるいは「台湾の人々の心に響いた」との大賞賛から「政治家として個人的なレガシー作りにすぎない」との冷笑気味の評価まで、じつに幅広い見解が喧々囂々と展開されている。
ペロシ下院議長の一連の言動は米中関係に実態的にどのような影響を及ぼしたのか。米中関係を系統的に追い掛けているわけではない筆者は、確たる考えを持ち合わせてはいないが、彼女が米中関係史を踏まえ熟慮と根回しを重ね、さらには将来への見通しを持ち、緊張高まる台湾海峡に正面から向き合ったうえで台湾を訪れたとは到底思えない。やはりアメリカのさる評論家が下した「長い議員生活の最後を飾るTwilight Trip(黄昏の旅)」との表現が実態に近いのではなかろうか。
米中両国が日本をどのように位置づけるのか
しかし、たとえ「黄昏の旅」であったとしても、彼女の台湾訪問は習近平政権の強い反応を誘った。あるいは習政権の強硬姿勢に口実を与えてしまったことは想像に難くない。その顕著な一例が、彼女の離台日程にタイミングを合わせるかのように8月4日から7日までの間、台湾をほぼ包囲する形で中国側が敢行した空前の規模の軍事演習だろう。
ここで気になるのが、4日に中国側が発射した弾道ミサイルのうちの5発が日本側の排他的経済水域(EEZ)内に落下した事態であり、7日から8日にかけ中国海警局の船舶が尖閣列島海域に領海侵犯を繰り返していることである。ことにミサイル落下に関し、台湾側が「中国側の目標は沖縄・与那国島のレーダーなど日本への攻撃を想定したもの」と分析しているとの報道である。
かりに台湾側の分析が正しいとするなら、中国側は「日本有事」をも想定した軍事行動に踏み出した。ならば日中間では、故安倍晋三元首相が説いた「台湾有事は日本有事」を遙かに越えた異常事態が潜在的に進んでいることを考えておくべきではないか。もっとも台湾側の発言を勘ぐるなら、「台湾有事」に日本を巻き込もうとする底意が感じられなくもないのだが。
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