新潮社の会員制国際情報サイト「新潮社フォーサイト」から選りすぐりの記事をお届けします。
2022年2月21日に開かれたロシアの安全保障会議。ここでウクライナの親露派2州独立承認が決まった(写真:ロイター/アフロ)

(文:名越健郎)

家庭生活、読書傾向、人脈――ウクライナ侵攻というプーチン大統領の常軌を逸した判断の裏には、最初の大統領就任時から大きく変化した、「精神の密室」の中の独裁者の姿が見えてくる。

 ロシア軍のウクライナ攻撃について、米政権内きってのロシア通であるウィリアム・バーンズ中央情報局(CIA)長官は3月8日の米下院情報委員会で、ウラジーミル・プーチン氏は侵攻の遅いペースに「怒りと不満」を抱き、ウクライナ側の抵抗に「倍返し」(double down)で応じ、「ウクライナを制圧・支配」しようとしていると予測した。

 プーチン氏については、新型コロナ禍での隔離生活で「別人になった」(エマニュエル・マクロン仏大統領)との見方もあるが、同長官は「精神状態が異常ということではないと思う」としながら、「助言できる人がどんどん少なくなり、プーチン氏の個人的な信念がより重きをなしている」と述べた。

 プーチン氏の私生活の変化も、今回の異様な侵攻決定につながった可能性がある。

リュドミラ夫人と2人の娘は

 2013年6月、プーチン大統領とリュドミラ夫人の離婚が発表された。

 大統領報道官は「リュドミラ夫人には、住宅とクルマが与えられる」と発表した。

 プーチン大統領には、クリミアとウクライナ東部が与えられる。

 これは、2014年のウクライナ危機後にロシア語圏のジョークサイトに投稿されたアネクドート(小話)。家庭生活を捨てたプーチン氏がウクライナ解体に突き進む経緯を皮肉っている。

 夫妻はクレムリン宮殿でバレエを鑑賞後、そろって国営テレビのインタビューに応じ、「私の仕事は公的なものだ。リュドミラは長年それに付き合ってくれ、気の毒だ」(プーチン氏)、「私たちは実質ほとんど顔を合わせていない。彼は仕事に没頭しているし、子供たちも成人して独立した」(リュドミラ夫人)と説明した。

 リュドミラ夫人はやや精神的に不安定なところがあったという。筆者がモスクワに勤務していた頃、クレムリン当局者は、「夫人はやさしく、家庭的な女性だが、2000年の訪日時に和服を着て公の場に現れ、皆をびっくりさせた。2005年末の訪日では、同行をドタキャンした」と話していた。

 やさしく家庭的なリュドミラ夫人がそばにいれば、野蛮なウクライナ攻撃を止めるよう夫に進言できたかもしれない。

 プーチン氏の2人の娘は社会で活躍し、父ともしばしば会っているようだ。プーチン氏は以前、「娘の写真を公表した者は刑事罰に問え」と言っていたが、現在はメディア露出も増えてきた。

◎新潮社フォーサイトの関連記事
プーチン大統領の唯一の悩みは「リュドミラ夫人」
ドイツ「脱ロシア」エネルギー転換の苦悩と勝算
ロシア産エネルギーの穴を埋めるのは?