シャルダンの「木苺のカゴ」(Chardin - Le panier de fraises des bois - © ARTCURIAL)

(永末アコ:フランス在住ライター)

 偶然か必然か、出会い、近づき、見つめ、対象を知り、知れば知るほど愛着が湧き、いつしかその対象が好きになり、自分のものにしたくなる──。ある絵画を好きになるプロセスは、人を好きになるプロセスと似ているようだ。生涯一度くらいは、もしかしたら何度かは、瞳に映った瞬間に恋に落ちる、ということもあるだろう。

 それでは、ある絵画、それも名画に恋をしてしまったら?

 恋したのが人であれば結婚し、生涯を共にするという未来を描くことができるが、絵画であれば・・・買うしかない。そして、私たち市民は美術館を去る前に、「我が家にも一つ」と出口間際のブティックで、絵画のポストカードやマグネットを購入するのである。お財布に少し余裕があれば、絵画集も。

 だが、実際に絵画そのものを買う人々はいる。美術館で即購入というわけにはいかないが。今も昔も名画を、市民には信じられないような値段で買う人々は存在する。

 この3月に、シャルダンの「木苺のカゴ」が競売にかけられることになった。「木苺のカゴ」は、18世紀に描かれた38cm×46cmの小さな絵。知る人ぞ知るというような作品だが、なんと約19億円もの予想落札価格が示されている。

 赤い木苺がピラミッドのように真ん中にあり、その前にカーネション、その左に水の入ったコップ、右に桃とサクランボが置かれている、至ってシンプルな油絵の静物画だ。

 画家が1761年に美術展で発表した作品だが、見向きもされずお蔵入り、その100年後の1862年に、絵画コレクショナーのフランソワ・マルシル氏が古物商で購入した。以来、その子孫が秘蔵し、今日に至る。

 パリや東京の展覧会でお披露目されたことはあっても、人の目に触れることは余りなかった。

 2012年の東京での「シャルダン」展では、この絵がチラシや絵画集の表紙を飾った。ただ、この展覧会が行われたのは、「限定された情報に人々の興味が集中しがちなこの国特有の偏向した現象に警鐘を鳴らす」(三菱一号館美術館 展覧会の紹介記事より)ためであった。