国立競技場で行われた東京オリンピック閉会式(2021年8月8日、写真:西村尚己/アフロスポーツ)

(筆坂 秀世:元参議院議員、政治評論家)

 東京オリンピックが終わった。日本の選手だけでなく、どの国の選手も懸命に頑張ったことは間違いない。いくら暇人とはいえ、すべての競技はとても見られるものではないが、見た競技はそれぞれに面白く拝見した。日本選手を懸命に応援もした。

 この歳を重ねると物事に感動することは少なくなってしまうが、柔道の阿部一二三、詩の兄妹、レスリングの川井梨紗子、友香子姉妹がいずれも金メダルを取ったことには、ほっとした。どちらもオリンピック前から兄妹、姉妹での金獲得がメディアでも大注目されていただけに、相当なプレッシャーだったと思う。もしどちらかでも金メダル取れなかったら、あまりにもかわいそう過ぎるからだ。

 卓球で水谷隼、伊藤美誠の両選手が、中国ペアを破って遂に金メダルを獲得した瞬間は、妻と二人で大興奮した。女子のバスケットチームが銀メダルを取ったことにも驚かされた。

 見ていて思わず笑ってしまうぐらい強かったのが、柔道女子78キロ級での濱田尚里選手だった。濱田選手の寝技を初めて見たのは2019年8月に東京で開催された世界選手権であった。相手が少しでも這うような姿勢をとると速攻で寝技に持っていって勝ってしまうのである。柔道には素人の私ではあるが、「何という寝技の強さか!」と感心し、すっかりファンになってしまった。今回の東京五輪では、この寝技がさらに進化していたように思う。

 もう一人は、レスリング女子50キロ級の須崎優衣選手だ。4試合全てをテクニカルフォールで勝った。私が見たのは決勝だけだが、1分少々であっという間にフォール勝ちした。外国勢に70連勝中だという。この選手は開会式でバスケットの八村塁選手と旗手を務めた人だ。本当に強かった。

 最終日の8月8日、静岡県の伊豆ベロドロームで女子オムニアム(自転車トラックレースの複合競技)が行われ、梶原悠未選手が銀メダルを獲得した。初めてこの競技をテレビで観戦したが、猛烈にきつい競技だと知った。

「スクラッチ」「テンポレース」「エリミネーション」「ポイントレース」と呼ばれる4つのレースを1日で行う。走行距離は、最初の2種目がいずれも7.5キロメートル、次の2種目は20キロメートルである。梶原選手は身長155センチだ。表彰式で金のアメリカ選手らと並ぶとその背丈は肩までしかなかった。小さい体でたいしたものだと感心した。

 もちろんメダルを取った選手も取れなかった選手も懸命に頑張ったのだから、大いに胸を張って欲しい。

“緩み”を生み出したオリンピック

 だが、もうオリンピックに浮かれているわけにはいかない。眼前には、デルタ株による感染大爆発と医療崩壊という危機的状態があるからだ。東京の自宅待機者は1万7800人を超えている。1カ月余で18倍にも増加している。入院調整中の人も1万数千人になっている。感染したが病院には入れない人が、東京だけでも3万人を超えてしまっている。これはすでに医療崩壊が始まっているということだ。

 だが国民の間にどれほどの緊張感があるだろうか。北海道での競歩やマラソン競技には、自粛要請などまったく意にも介さず、多くの人が観戦に訪れ、歩道は完全に密状態になっていた。インタビューを聞いていると他県から観戦に来た人も相当いたようだ。「無観客とか、観戦するなとか、政府のやることに私は怒っているのよ」と言う高齢女性もいて、あきれ果てた。開会式の際にも、閉会式の際にも国立競技場のまわりにも多くの人々が押しかけていた。

 渋谷や新橋など東京都心の繁華街では、マスクを外し、路上で酒を飲む若者がますます増えてきている。テレビに映ったある30代の青年は「自粛要請なんか聞かない。自己責任で行動する」という身勝手な論理を並べ立てていた。感染すれば自己責任では済まなくなる、という簡単なことさえ理解していないようだ。

 以前、ある医療従事者が、「勝手な無責任行動によって感染した人の面倒などみたくない気分になる」と嘆いていたが、その気持ちがよく分かる。

 ただここまで緩みを招いてしまったのは、オリンピックの影響があるだろう。オリンピックが大丈夫なら、我々も出かけて大丈夫だろう、という気分をまん延させたことは否定できない。

 政府分科会の尾身茂会長も、8月4日の衆院厚生労働委員会で、感染の急拡大について問われて、「オリンピックをやるということが人々の意識に与えた影響はある。われわれ専門家の考えだ」と述べ、オリンピックが気の緩みに影響しているとの認識を示した。

説得力のある説明をしてこなかった菅首相の責任は大きい

 重症者しか入院させないという政府方針を今月初めに打ち出した時も、菅首相から説得力ある説明はなされなかった。その後、あまりの批判の多さに、「中等症患者で、酸素投与が必要な者、必要でなくても重症化リスクがある者」は原則入院と改め、入院の可否は、最終的には医師の判断で決まることとした。またこの方針の対象地域も東京都だけとした。

 批判がなければ、対象地域も不明、判断基準の不明なままで中等症や軽症患者は切り捨てられていたということだ。

 栃木県宇都宮市で新型コロナ対策の最前線で患者を診ているインターパーク倉持呼吸器内科の倉持仁院長が8月5日にTBSの報道番組に出演した際、次のように発言されていた。

「必要な医療を提供できないということは医師としての職責を放棄するような形になってしまう。ですから決してそういったことは許されるべきことではないですし、なにか一周回って“医師の判断で”って当たり前の結論になってきたので、やはり事態も過小評価と、今のリスク評価をきちんとして、今できる最善のことを大至急やってもらいたいと思います」

 菅首相が記者会見をしても、心に響く言葉は一つも無い。記者の質問にもまともに答えたことがない。2回目の質問は遮られる。そもそも国民に何かを分かってもらおうという気がないのだろう。あのうつろな目は見ただけでも最近では嫌になってしまう。朝日新聞が8月7日、8日に行った世論調査結果が9日付の同紙に載っているが、菅内閣の支持率は28%で初めて3割を切った。菅首相のコロナ対策への取り組み姿勢を「信頼できない」が66%にもなっている。菅首相を見ていると28%でも多すぎるぐらいだ。

 なぜもっと自分の言葉で医療の逼迫や危機状態を率直に訴えないのか。「国民の命と健康を守る」などという手垢のついた言葉ではなく、今、医療の危機的状態を率直に語るべきなのだ。それがないから信頼できないのだ。

政府や行政からの情報があまり少ない

 私は埼玉県川越市に住んでいる。だが例えば、川越市の医師会がコロナ対策でどんなことをしているのか、まったく情報が無い。

 住まいのすぐそばに、内科クリニックがある。私も通院したことがあるクリニックで、診察券も持っている。このクリニックは川越市のワクチン接種医療機関の一覧表にも載っていた。だが連絡をすると「限定的にしかやらない。筆坂さんは対象外です」と断られてしまった。私が73歳でCOPD(慢性閉塞性肺疾患)という基礎疾患を持っているのに、こういう対応をされてしまった。このことを同年齢の近所の女性に話すと、この人も同様の対応をされたらしく「頭にきた」と怒っていた。

 このクリニックの医師が医師会に入会しているかどうか知らないが、こういう危機の時に社会に貢献できないような医療機関は批判されてしかるべきだろう。医師会に入会しているのなら医師会の責任でもある。市の指導力も問われている。

 今、国内で感染している新型コロナウイルスはデルタ株にほとんど置き換わり、感染力が増している。だがどう恐ろしいのか、政府や行政からの発信を聞いたことがほとんどない。聞くのは、テレビに出演している医師や感染症の専門家の先生方からだ。

 マスクについても不織布マスクが、一番効果があると言われているのに、いまだにウレタンマスクをしている人が少なくない。販売もされている。なぜ不織布マスクを着けるように政府や行政が言わないのか。鼻出しマスクも駄目だと言うことを強調すべきである。国会の委員会室を見ると鼻出しマスクをしている役人や政府分科会の中にもいる。

 コロナ感染が始まり出した時期に、「3密を避けよう」ということが強調され、効果を発揮した。政府や行政はもっと情報発信を増やすべきである。