2019年12月に武漢で初めて確認された新型コロナウイルスは、翌年3月にはWTOによりパンデミック宣言が出されるほど、世界中に拡散しました。それこそ、あっという間に世界中に広まったのです。

 第43回連載で扱った14世紀半ばのペストがヨーロッパ全土に広がるまでに7年間かかったことを考えれば、コロナ拡散は驚異的なスピードです。グローバリゼーションが進み、世界が一体化し、人々の移動スピードが速くなれば、どこかの地域で発生した疫病が、瞬く間に世界中に広まることが、新型コロナウイルスの例によって誰の目にも明らかになりました。それまで世界中を頻繁に移動していた人たちも、移動することをやめなければなりませんでした。

 人類は古くから「移動すること」を生業(なりわい)としてきました。その人類が、自らの意志で、一時で気にではあれ、移動することを世界規模でストップさせたのは、歴史上初めてのことになるでしょう。

 そこにはいったいそのような意味があるのでしょうか。今回は、それについて考えたいと思います。

人類は「移動」を好む種

 人類の一部は、今から7〜5万年前に、生まれ故郷であるアフリカを脱出する「出アフリカ」を成し遂げ、世界中に住むようになりました。他のどのような種でも、これほど広範囲にわたって移動したものはいなかったと思われます。したがって「移動」という行為は、実は人類の特徴をもっとも的確に表しているのです。

 ヒトが移動すると、モノや情報が移動します。モノが大量に入手できると、ヒトは豊かさを増します。移動を促進するために、国家は道路網を整備します。ヒトの移動の中心になる場所は情報拠点になるばかりか、文化の発信地にもなります。

 出アフリカでは主として徒歩によって移動していた人類は、大航海時代から19世紀初頭にかけては帆船によって、それから20世紀中頃までは蒸気船によって、さらに現代では飛行機によって移動するようになりました。以前なら、一生かかっても到底移動できないような長距離を、現代ではわずか一日で移動することができます。

 こうしたテクノロジーの発達によって、ヒトの「移動する」という行為はますます大規模、高頻度、長距離化していったのです。