EY連載:大変革時代における組織・人事マネジメントの新潮流(第15回)

 グローバル化が多くの日本企業における人事変革を推し進めています。特に経営層の人材獲得競争はこれまでに類を見ない程に激しくなっており、市場に優秀人材がいない、いてもグローバルでの獲得競争に苦戦しているのが実情です。このような状況の中、各企業は現有の人材をいかに計画的に経営者へ育てていくかという課題に直面しています。その解決策のひとつとして「サクセッションプランニング」が注目されています。

「欧米型サクセッションプランニング」はここが違う

「サクセッションプランニング」の始まりは2001年頃、当時のゼネラル・エレクトリック(GE)がCEOの交代に際し、後継者の計画的な選抜と育成を実施したことだといわれています。一般的に欧米では「経営」を、新規事業参入や撤退などの「高度、かつ不確実性の高い職務を遂行する」ための「いち機能」と定義しています。経営者が管理職の延長戦上にはなく、別ラインで存在しているのです(図1:「経営」機能とビジネスラインの関係性イメージ〈欧米型・日本型〉)。優秀人材は早ければ20代のうちから、経営に必要な知識・経験を集中して学んでいきます。

 一方、日本では「経営」が管理職の延長線上、各ビジネスラインを横断する形で存在します。開発や製造といったビジネスラインと経営機能は不可分の関係であり、経営人材にはこれら両方に関する知識・経験が求められます。

 欧米型のサクセッションプランニングをそのまま日本企業が取り入れようとした場合、「経営」機能を完全に独立させることが必要です。しかし、これは従来の日本型組織をゼロから作り直すことであり、莫大な時間とコストがかかり、心理的ハードルも高く、現実的ではありません。では、日本企業はどのようにサクセッションプランニングを推進すべきでしょうか。本稿では、“日本型”サクセッションプランニングを効果的に機能させるためのポイントをひもといていきます。

「見える化」と「覚悟」がサクセッションプランニングの成否を分ける!?

 筆者は、日本企業のサクセッションプランニングを成功に導くポイントは大きく2つあると考えています。「徹底的な見える化」と「やりきる覚悟」です。「見える化」とは「①ポスト要件の明確化」と「②ポスト要件と候補者とのギャップの明確化」を指します。「覚悟」とはサクセッションプランニングを運用していく際の「経営陣のコミットメント」を指します。これらはサクセッションプランニングを実行するうえで、欧米・日本ともに共通して必要なポイントです。しかし、日本には日本のやり方があります。それぞれ詳細に見ていきましょう。

【1】徹底的な見える化
(1)ポスト要件の明確化

 サクセッションプランニングは各ポストに適合する人材を計画的に育成することがゴールとなるため、ポストの要件を明確にすることが非常に重要です。各ポストが担う職務内容と、職務を遂行するうえで当該ポストに就く人材が有すべき知識や経験の1セットを「ポスト要件」と呼びます(図2)。ポスト要件を曖昧にしたまま候補者の育成をしていくことは、限りある資源(時間やお金)を垂れ流しながら、ただ闇雲に走り続けている状態に他なりません。

 ここで注意すべきポイントが、「日本ではビジネスラインと「経営」機能が不可分である」ということです。そのため、「経営」機能が持つべき職務が曖昧になりがちであり、候補者に必要となる経験・知識が見えません。経営の一翼を担うために、新規事業立ち上げの経験やグローバル(海外)でのビジネス経験が必要なのか、はたまた、不採算事業からの撤退といった修羅場経験が必要なのか。各会社における「経営」の定義に関する紐解きが必要不可欠です。時間をかけても良いので、「経営」に携わるポスト要件の明確化を進めることが肝要です。

 実際、ある会社では1ヵ月以上の時間をかけて経営陣に対してインタビューを実施し、さらに半年以上を費やしながら各ポストの要件を一つひとつ「職務定義書(Job Description、以下JD)」という形に落とし込んでいます(図2:ポスト要件のイメージ)。

(2)ポスト要件と候補者とのギャップの明確化
「見える化」におけるもうひとつのポイントは、「ポスト要件に対して候補者が有している知識や経験、スキルとのギャップを明確にする」ということです。明確なギャップを認識することこそが具体的な育成計画の立案・施策の実行を可能とします。

 欧米は「職務ベース」の人材マネジメントであるため、各ポストの職務をどれだけ果たすことができたかが現任者の評価になります。しかし、日本は「職能ベース」です。通常、各ポストの職務と現任者の能力が並べて測られる機会はありません。したがって、ポスト要件と候補者をApple to Appleで比較することができる「共通の“モノサシ”を持つ」ということが重要です。

 例えば、人事評価で既に利用しているコンピテンシーでも構いません。同じ“モノサシ”を使ってこそ、互いの距離(ギャップ)をよりクリアに見せることができるのです(図3:ギャップ可視化のイメージ)。

 なお、育成計画の検討で重要なことは「選択と集中」です。どこにエッジ(優先順位)を効かせた育成をはかるか、その見極めが非常に重要です。当該ポストにゼロからの新商品開発が期待されているのであれば、候補者の“変革推進力”を優先して伸ばすべきです。各ポストの要件に応じた、メリハリある育成計画を策定することが肝要です。

【2】やりきる覚悟
サクセッションプランニングの運営にはエネルギーが必要

 経営者の育成では、実際に会社の経営を経験し、「経営に必要なものが何であるか」について身をもって理解している経営陣の参画が必要不可欠です。

 欧米では自身の後継者の育成が経営ポストにおける職務のひとつとして認識されています。一方の日本では、後継者の育成は人事部門の職務と考えられており、「サクセッションプランニング」に対する経営陣の関与は限定的になりがちです。しかし、人事部門に経営者を育てることはできません。ある会社ではサクセッションの議論のため、4半期に1度、上級役員全員が丸々2日間、缶詰めで一つひとつポストとその候補者をレビューしていると聞きました。

 サクセッションプランニングには、エネルギーが必要です。人事部門だけでなく経営陣も一丸となって、労を惜しまずに取り組むことが必要不可欠なのです。「リーダーがリーダーを育てる」。この当たり前の原則に今一度立ち返ることが、“日本型”サクセッションプランニングを実現するための鍵だといえるでしょう。

著者プロフィール

EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社
ピープルアドバイザリーサービス ディレクター タレントチームリーダー
高柳 圭介

IT系・会計系ファームを経て、現在はピープルアドバイザリーサービスにてタレント領域の責任者を務める。専門領域は、グローバルタレントマネジメント戦略策定、要員・人件費計画策定、プロフェッショナル人材育成など。組織・人事領域全般の幅広いプロジェクト経験を有し、人材戦略策定からIT導入までワンストップでおこなうコンサルティングが持ち味。2014~18年にかけてはタイを拠点に、東南アジアの日系企業向け人事コンサルティングに従事した経験から、当該地域における人材マネジメントにも明るい。

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著者プロフィール

EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社
ピープルアドバイザリーサービス シニアコンサルタント
橘 遼太

日系人事システム導入コンサルティング会社、Big4系コンサルティングファームを経て現職。グローバルにおける人事システム導入、人事制度設計やタレントマネジメント戦略策定支援等に従事。単なるシステム導入に終わらせない、戦略とシステムのハーモナイゼーション実現に向けたコンサルティングを得意とする。

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