EY連載:大変革時代における組織・人事マネジメントの新潮流(第12回)

 労務管理は常に時代の変化に遅行してきました。これは、ワークスタイルも含めた人々の価値観や人材マネジメントの大きな変化が先行し、その変化への対応を求められ続けてきた結果ともいえます。しかし現在、働き方改革推進が注目される中で、多様な働き方を可能とする健全な労働環境の実現は企業の優先経営課題であり、タイムリーな労務管理施策の導入が求められています。本稿ではこれから3回にわたって「働き方改革時代に求められる労務管理」について考察し、デジタルを活用した施策を整理・紹介します。初回は、企業は今後「労務管理」をどのようにとらえるべきかについてです。

働き方改革時代の労務管理

 2019~20年にかけての「働き方改革関連法」の施行にともない、当社にも法令対応や人事業務のあり方、従業員の多様な働き方の実現に関するご相談を多くいただくようになりました。残業時間の上限規制や、年5日間の年次有給休暇取得などの労働時間法制の見直しをきっかけに、多様で柔軟な働き方を実現しようとする流れは、人口減時代を迎えた日本での労働力(働き手)確保施策として必然といえます。

 これまでの労務管理や人材マネジメントは、やや極端な書き方をすると、多くの職種の社員(管理職と非管理職)が同一事業場内で働くことを前提とした画一的な制度でした。

 下図は戦後の産業構造の推移と主要な労働法の施行・改正を記したものです。「工場法」(1911年制定)を前身とした「労働基準法」が制定された1947年当時の産業構造は、第1次・第2次産業が全産業の70%を占めており、事業場(耕作地や工場など)での就労を前提とした労務管理で問題なかったといえます。

図1:産業3部門別就業者数割合推移(全国)と主な「労働法」

 1970~1980年代に労使協議を重ねる中で残業時間抑制がはかられました。1988年にはフレックスタイムといった労働時間制度が盛り込まれた労働基準法改正が実施されましたが、これも多様な働き方の実現というよりは労働時間短縮が主な目的でした。そのような中で産業構造は変化し続け、2010年には第3次産業の割合が70%を超えています。

 これは、時間と場所にとらわれる伝統的な労働に対する管理を主眼とした法律の下で、それらにとらわれない働き方が可能な職業に従事する就業者が増えていることを意味します。SNSやコミュニケーションツールの発展、リモートワークや副業に代表される多様な働き方など、デジタルツールの発展のおかげで、今後我々はますます時間や場所に縛られない働き方が可能になります。

 そのような中で「労務管理」は、従業員の個別事情を勘案したマネジメントとモニタリングを実現する必要があります。そして同時に労働環境を広くとらえ、労務管理のあり方を「従業員への働きやすい労働環境の提供」という意味で「トータルリワード」を構成する重要な一要素と位置付けることが重要です。

「トータルリワード」としての労務管理とは

 一言で「労務管理施策」といっても、内容は2つに分類されます。ひとつは従業員の働き方の多様性を担保する施策です。例えば、フレックスタイム制などの労働時間制度やリモートワークの導入など、従業員の働き方に直接影響する施策が該当します。もう一方は、主に管理職が部下の勤務管理を有効におこなうための施策です。労働時間や有給休暇取得状況をタイムリーに把握するツールの導入といったことが該当します。「リワード」の観点では、両分類の労務管理施策を並行して進める必要があります。

 例えばミレニアル世代は「デジタルネイティブ」であり、「働き方の柔軟性を重視する」という傾向が強いことからも、柔軟な労務管理を積極的に取り入れることは魅力的な労働環境という強力な非金銭報酬になりますし、新卒採用においても強いメッセージになります。今回の新型コロナウイルス感染症対策でも、各社が働き方についてどのような対応をとったかは注目されているところでもあり、再検討が必要です。

 一方で、従業員が時間と場所に縛られることなく働けるということは、それだけ管理職による管理の度合いが低下することを意味します。その際に懸念されるのは、過重労働とそれにともなう健康被害です。いくら働き方改革関連法に残業上限規制が含まれようとも、従業員自身が長時間労働に対して意識が低く、かつ企業側からの管理の度合いが低下した場合、すぐに上限を超過し、従業員の健康やワークライフバランスを損なうことは容易に想像できます。このような状況を避けるためにも、労務管理上、就業場所にかかわらず適切に従業員の労働状況を把握可能な管理体制・ツールの準備が不可欠です。

 人事や報酬を語る際に「トータルリワード」と呼ばれて久しいですが、労働環境は今後の企業のバリュープロポジションにますます影響してくるでしょう。そのためにも上述のような労務管理施策の展開は急がれるところですが、ツールや制度だけ準備しても活用されないといった事態にならないよう、まずはアプローチを慎重に検討します。