専門家が陥る罠

 専門家になればなるほど、特有の罠に陥ることがある。専門家は取り出しやすい記憶情報を優先的に頼って判断し、記憶に残っているものほど、頻度や確率を高く見積もる傾向がある。探せる記憶だけが事実となり、自分の記憶から簡単に呼び出すことができる情報に頼る。これを利用可能性ヒューリスティック(Availability Heuristic)と言う。

 これは、処理する情報が多すぎる場合、人間の脳は、最短で最も効果が高いものに行き着く方法を過去の経験や記憶から判断し、行き着いた情報を優先的に正しいとする思考のショートカットを行うからである。その結果、素早い判断はできるが、得てして一定の偏り(バイアス、思い込み)がかかってしまう。

 例えば、1991年に旧ソ連が崩壊した際、「ソ連は崩壊する」と予測した専門家はほとんどいなかった。それは「あれほど強固なソ連が崩壊するわけがない」との思い込みが生んだ誤った情報分析の典型的な例である。今回の金正恩の体調不良説も、「こうあってほしい」「こうなるべきだ」「この方が話題性がある」という専門家の思い込みと願望が大きく作用している。

 日本は、北朝鮮、中国、ロシアなどの強国に周囲を囲まれている国である。近代において、日本がこれらの国と日清戦争、日露戦争、日中戦争、太平洋戦争など国家の存亡をかけた戦いを行ったことを考えれば、周辺諸国を中心とした正確な情報分析が必要不可欠なことは明らかである。それにもかかわらず、日本には、情報分析の専門家を育てる組織がほとんどなく、専門家も少ない。世界が混迷の時代に向かっている今こそ、正確な情報収集と情報分析に長けたインテリジェンス機関と人材養成は、日本の進むべき道を照らす強い光となるはずである。

[筆者プロフィール] 藤谷 昌敏(ふじたに・まさとし)
 1954(昭和29)年、北海道生れ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA危機管理研究所代表。

◎本稿は、「日本戦略研究フォーラム(JFSS)」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。